Iam…




楽しい、本当に楽しい宴会だった。みんなが学校で起こった恐ろしい事件が解決した事を祝っていた。(スリザリンのテーブルにはまったく喜んでいない者もいたが。)
だが、明け方に近づき、全校生徒が先生方に促され、寮に戻りはじめた時、偶然ハリーの耳に入って来た言葉は、ハリーの心に細い針のように刺さった。

「あのハリー・ポッターが今度は学校の危機を救った!」

「さすがは『例のあの人』を退けた英雄!」

祝い事が大好きなグリフィンドール生も、さすがに夜中に起きて騒いだのが効いたのか、寮に戻った生徒はそれぞれの部屋の中に素直に引き込まれ十分も経たない内に眠りの世界に落ちた。
ロンなんか、ベッドに横になった瞬間に寝息を立てていた。
しかし、ハリーだけはなかなか眠れなかった。ベッドに横になり、何度も寝返りをうったが眠くなる気配は一向になかった。

「はぁ……」

小さくため息を漏らすと、ハリーはベッドから静かに抜け出し深い眠りに落ちている四人の寝息を背に、部屋を後にした。
部屋を後にしたハリーは、部屋を出てすぐの窓辺に寄りかかり、ぼんやりと夜から朝へと変わる空のグラデーションを見ながら、つい数時間前の出来事を思い出していた。
「嘆きのマートル」がいる三階の女子トイレから『秘密の部屋』へ降りた事。『秘密の部屋』で不死鳥のフォークスと組分け帽子から出てきた剣で毒蛇の王、バジリクスと戦った事。死人のように横たわったロンの妹ジニー・ウィーズリー。そして彼女の魂の力を利用して、自分の前に立ちはだかったトム・マールヴォロ・リドル―――十六歳のヴォルデモート卿の記憶と対峙した事……


(本当…よく生きて帰ってこれたものだよ……)

そう心の中で呟き、ハリーは苦笑した。そして、ハリーは寮に帰る時に聞いたあの言葉の針を抜いて、その事を考えた。

(『例のあの人』を退けた英雄、か………あの時のことを僕自身は何も覚えていないし、何もわからないのに…)

ハリーがまだ一歳の時に、過去の闇の魔法使いの中でも最強最悪と謳われた『例のあの人』ことヴォルデモート卿が数々の人の命を奪った呪いを跳ね返し、ヴォルデモートの脅威が消えたことは、物心ついた魔法使いなら誰でも知っている話だった。
だが、その喜ばしい事件から十年。ハリー自身はその事をまったく知らずに育った。理由は魔法を異常なくらい毛嫌いするダーズリー家で育ったからだ。十一歳の誕生日にハグリットが自分を迎えに来てくれなかったら、ハリーは未だにそのことを知らずに過ごしていただろう。
そのため、魔法界に足を踏み入れたばかりのハリーは、自分よりも自分を知っている周りに流されて生活していたが、ホグワーツで一年を過ごし、また戻ってきた去年の秋頃から、そのことがハリーの心に小石を幾つも投げ入れるかのような小さな痛みとなって蓄積されていた。

僕は一体なんなんだろう?

そこに、あの決闘クラブの出来事が重なりハリーがサラザール・スリザリンの継承者ではないかという噂が校内を震撼させた。噂が流されるまま大きくなるのをハリーは怒りと迷いが複雑に入り混じった感情で聞いていた。
ハリーの心には自分が何者なのかわからない漠然とした恐怖が生まれていた。

(でも、そうだな……まだまだわからない事はあるけれど、僕は僕なんだ。)

ハリーは再びあの『秘密の部屋』での出来事を思い出した。そして、全てが終わりフォークスに導かれロン、ジニー、ロックハートと一緒にマクゴナガル先生の部屋に行き、そこで聞いたダンブルドアの言葉も思い出した。
ダンブルドアは「自分が本当に何者かを示すのは、持っている能力ではなく、自分がどのような選択をするかという事」だと言っていた。
それならば…

(例えヴォルデモートの力の一部が僕の中にあっても、僕は僕だ。
僕はホグワーツ校二年、グリフィンドール寮のハリー・ポッター。そして…)

ハリーは朝日を浴びて明るく照らされた眼下の景色を見ながら額の傷に触れた。
ダンブルドアは前に「この傷は一生残るだろう」と言っていた。なら、それを受け入れるんだ。僕は僕の傷に負けない。
この傷は、僕の両親が僕を守って死んでしまった証。その事がヴォルデモートを退けた証。そして、僕が僕で在り続ける証―――

「…そして、僕はこれからも僕として生きていくんだ。」

最後の決意は声に出して、真っ青な空へ放った。
雲ひとつない空。今日も暑くなりそうだ。
頭の整理がついたハリーに、ようやく眠気がやってきた。押し殺すことなく、大きなあくびをする。

(今日は休日だし…少し眠ろうかな。)

ハリーは出たときと同様に静かにドアを開けると、部屋に入り、物音を立てることなく自分のベッドに沈みこんだ。
眠りに落ちたハリーが再び目を覚ましたのは、それから半日もたった夕食の時間だった。


      自分が何者なのかは自分で決める。


END

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