時計盤と年月−宵の口−



 約一年ぶりに帰ってきた我が家には先客がいた。そのことにルーピンが気づいたのは、帰宅して一息ついたときだった。
台所でガタンッと何かがどこかにぶつかった音がしたのだ。

(何か住み着いてしまったのかな?)

山奥の森の家に住み着くものが自分以外居るかどうかは疑問だが、念のため杖を持って台所を覗いてみると、ルーピンの目にはヒビの入った食器棚とそのすぐ下で目を回している小さな―――本当に小さな灰色ふくろうが見えた。

「おやおや…」

ひょいっと手でふくろうを掴むと、自分の目線の高さまで持ち上げて苦笑いをこぼした。

「何処から紛れ込んできたんだい?」

小さなふくろうは変わらず目を回していた。
とりあえず居間に戻ったルーピンは、てきとうにつぎはぎされたクッションの上にそのふくろうをそっと寝かせて羽を広げてみた。
動物についてそんなに詳しいわけではないが、羽も折れていないようだからそのうち目を覚ますだろう。
ふと、窓の外を見ると外は真っ赤に染まっていた。もうじき夜が来る。

(今月の満月の夜はすごかったな…)

数日前の夜を思い出しながら、ルーピンはくたびれたトランクからカンテラを取り出してトンッと机の上に置き、杖で一叩きした。
その瞬間、カンテラに明かりが燈り、部屋の中がぼんやりと明るくなった。

(今は……6時半…7時近いのかな?)

日が沈む前に窓から見た荒れ庭にある日時計から察するにそれくらいだろう。
外はもう、早くも星が瞬き始めている。

「さて…少し掃除をしようかな。
 勘が当たれば近いうちに客が来るはずだからな。」

そう呟いてから30分も経たないうちに、ルーピンの勘は当たった。
バサッと大きな羽音が庭からした。
その音を聞きつけたルーピンは特に慌てる様子もなく、庭に出て羽音が聞こえた所を見た。
そして、誰が来たかを自分の目で確かめたルーピンはニッコリと笑った。

「やぁ、来ると思ったよ。シリウス。」
「でも、思ったより早かったね。もう少し後かと思ったよ。
 ここにはどのくらい居るつもりだい?見ての通り一人暮らしだからいつでも良いけど…」

言いながら、ルーピンはティーバックで煎れた紅茶をふちの欠けたティーカップに注いでシリウスに手渡した。
居間に招き入れられたシリウスは少しバランスの悪いイスに座ったまま、その紅茶を受け取りながら質問の順番どおり答えた。

「バックビークのスピードが予想以上に速くてな。おかげでかなりスムーズにここまで来れた。
 もう少し遠くでとりあえず身を潜めるつもりだから、明晩には発つ。」

「そうか…あのヒッポグリフの名前はバックビークって名前なのかい?」

ガタンッと自分の紅茶を持ち、テーブルを挟んでシリウスの向かいに座りながら、ルーピンは窓の外で地面を掘って虫を食べている生物を見た。

「ああ。ハリーがそう呼んでいた。」

そう言ったシリウスの瞳がふっと和いだのを、ルーピンは見逃さなかった。

「ハリーか……あの子がいなかったら、今のわたしたちはありえないね。」

ハリー・ポッター―――魔法界の誰もが知っている有名人。誰もが恐れた闇の帝王を退けた幼き英雄。
だが、彼らにとってハリーは「英雄」である前に「親友の息子」である。そして今は「恩人」という言葉も当てはまるかもしれない。

「ああ、そうだな……本当に、俺はあの子に救われた。」

フッとシリウスが笑みをこぼすと、ルーピンは口に手を当ててくすくすと忍び笑いをした。
シリウスは少し眉をひたいに寄せる。
「何だ?」
「いや…今気づいたんだけど、ハリーの前ではずいぶん丁寧な言葉を使っていたんだね。
 自分のことを「わたし」と言っていたし。
 少し緊張していたのかい?」

「……今さら、君を目の前にして言葉を改める必要性があるのか?ムーニー。」

「いや、そうだね。ぼくもそう思うよ。パッドフット。
 ハリーに救われたという点でもね。」

目を合わせ、お互いにニヤリと笑う。このニックネームを口にするのも久しぶりだ。

「初めてあの子をホグワーツ特急の中で見た時は本当にビックリしたよ。
 その時ぼくはうたた寝をしていてね…一瞬、過去に来てしまったのかと思ったよ。
 あまりにも、ジェームズにそっくりだったから……」

そこまで言ってルーピンはくいっと紅茶を飲み干した。
ジェームズとは、二人の親友である。今もそれは変わらない―――二度と会えない、親友。
平気そうな顔をしているが、少しばかり陰りが走る。
シリウスは黙って聞いている。

「でも、周りにいたのが君やぼくではなく、ロンとハーマイオニーだったこと。
 そしてあの子の瞳を見て、ボクは何処にも行っていないと確証した…
 と同時に、すぐにジェームズとリリーの息子だって記憶と結びついた。
 最後に会ったのはまだ言葉も喋れない赤ん坊だったのに…不思議だね。赤の他人の空似かもしれないのに。」

カップを机に戻したルーピンは少し節目がちになりながらも、さらに続ける。

シリウスはゆっくりと紅茶を飲みながら聞いている。

「でもね、一緒に…それだけの年月が流れていったのかと、正直少し、寂しさのようなものを感じてしまったよ。
 昔のようにホグワーツ特急に乗ってホグワーツへ向かうのに、あの事とは全然違うんだなって……」

そこまで言ったとき、シリウスはカチャンッとわざと音を立ててカップを机に置いた。
つい目をシリウスに向けると、シリウスは自分を真っ直ぐに見ていた。

「なぁ、リーマス。紅茶を飲んだせいか、眠気が吹き飛んでしまったようだ。
 すまないが、少し話し相手になってもらえるかい?」

今ルーピンが出した紅茶はナイトティーと呼ばれるもので、眠気を飛ばすカフェインがごく僅かしか入っていないものだった。長旅で疲れているだろう、シリウスの眠気を取るには不十分であると容易に想像できる。
昔と変わらない眼差しに、ルーピンは少し驚いたように目を丸くしたが、すぐに笑うと

「ああ、いいよ。喜んで。」

と返した。それを見たシリウスは静かに笑うと、何を話そうか少し思案をめぐらせた。

「そうだな……じゃあ、こんな話はどうだ?」


それから二人は昔話に興じた。
まるで今まで欠けていたモノを埋めるかのごとく昔を語る―――

過去にしがみついて「逃げ」たりはしない。自分たちは明日に「挑む」
そのために、今全てを振り返り、精算してしまおう。


―――それから、やっと一歩を踏み出せるのだから―――


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