唐突なロマンス

 寒さも深まる2月中旬の休日。ホグワーツ図書館の一角で赤毛の少女は小さなカードとにらめっこをしていた。

「うーん……」

くしゃくしゃと前髪をかき上げながら空いている方の手で杖を握り、コツコツとカードを叩いてみる。
―――何も変わらない。

「もう…何なのよ、これは…」

このカードが届いたのが今日の朝一番でなければ、この筆跡に覚えがなければ、少女はとっくにこのカードを投げていただろう。洒落たデザインのカードには、こう記されていた。

リリーへ
/\゛ ̄フT_`ノ ̄_ ̄丁フ、〃ノ

差出人の名は記されてなかったが、この赤毛の少女―リリー・エヴァンズには誰がこんな暗号カード送ってきたかわかっていた。こんな事をするのは彼しかいない―――ジェームズ・ポッターしか。

(そう言えば、今日はまだ姿を見ていないわね…)

食事の時には平日休日問わず必ず顔を合わせるのだが、今朝に限って彼は大広間に姿を現さなかった。

(こんな暗号文よこして……何しているのかしら?)

はぁ…とリリーが大きなため息をついたとき。図書館に見慣れた姿が二つ、入ってくるのが見えた。
一人はとび色の髪の穏やかな顔立ちの青年で、もう一人はその青年よりもやや背の低い小太りの青年であった。
どうやら向こうもリリーに気づいたらしく、こちらの方へ向かってくる。

「やぁ、リリー。」

とび色の紙の青年がニッコリと挨拶をしてきたので、リリーも笑顔で返した。

「こんにちは、リーマス、ピーター。二人とも休日なのに図書館に来るなんて珍しいわね。それに…ジェームズとシリウスは一緒じゃないの?」

リリーの前半の質問に小柄な青年―ピーターが物憂げに口を開いた。

「明日提出の魔法薬学の宿題がまだ終わってないんだよ…だから、リーマスと一緒にやろうと思って…」

「ぼくも、まだ宿題途中だったからね。ジェームズとシリウスはそれぞれ用事があってね。」

ピーターの言葉を引き継ぎ、そのまま後半の質問に答えながら、苦笑いに肩をすくめるリーマス。

「リリーこそ、ここで何をしていたの?」

「これよ。」

悩ませているタネを二人に差し出す。「あ」とピーターは小さな声を思わず上げたが、リーマスは顎に手を当てて微笑んだ。

「ああ…なるほどね…」

「この差出人は、私に何を伝えたいのかしらね?」

ポーカーフェイスのリーマスをじっと見つめるリリー。ピーターはその横で落ち着かない様子だったが、リーマスはリリーの視線をかわすと、ポーカーフェイスのままで答えた。

「さぁ…ね。ぼくには測りかねるよ。」

「でも、あなたはここに何が書いてあるかわかった…違う?」

「相変わらず鋭いねリリー。
 ……じゃあ、ヒントだけ…その暗号を読むのに魔法は必要ないよ。
難しく考えると逆に解けないんじゃないかな……じゃあ、ぼくたちは宿題があるから。
行こう、ピーター。」

「あ、う、うん……」

ひらひらと手を振って図書館の奥へ進むリーマスに少し遅れて、ピーターも奥へ姿を消した。
残されたリリーはリーマスが言い残して行ったヒントを元に再びカードと向き合った。

(難しく考えると…って、一体この記号をどう考えればいいのよ……)

記号に規則性を見つけようとしたり、カードを逆さまにしてたり…いろいろしてみたが、さっぱり糸口が見つからなかった。

「ダメだわ……少し気分転換しましょ。」

そう呟くと、リリーはイスを引いて大きく伸びをする。そして、カードをローブのポケットに入れると図書館を後にした。
その姿を本棚の脇からリーマスが微笑みながら見ていた。

「リリーが君の所に辿り着くまで、後どれくらいかな?プロングズ。」

図書館を後にして、洗面所で顔を洗ったリリーは城内を歩きながらカードの事を考え始めた。

(…せっかくの休日に何をしているのかしらね、私は……でも、この暗号を解かなきゃ…絶対に。)

負けず嫌いなリリーがそう心に決めた時、すぐ横にある隻眼の魔女の像のコブが割れて、その割れたコブからこれまた良く見知った人物が現れた。

「よぉリリー、こんな所で何してるんだ?」

黒髪のハンサムな青年がリリーの存在にうろたえることなく、悪びれない調子で挨拶をした。

「あなたこそ…また城を抜け出して買い物?シリウス。」

シリウスの不自然に膨らんでいるローブの中を見透かして、リリーは冷ややかな声を出した。
が、その冷ややかな声を気にも止めずに、シリウスは「あたり」とニヤリとした。

「あまり派手な事しないでよね。この前減点されたばっかりだって事忘れたの?」

「忘れたね。」

「シリウス!!」

あまりにさらっとした答えに、言ってもムダだとわかっていながらも両手を腰に当てて怒鳴るリリー。
それが楽しいのか、シリウスはクックッと笑いを抑えながら口を開く。

「まぁ、心配しなくてもあんなヘマはもうしないさ。
それに、あのミスはスネイプの所為だ。あの野郎が余計なことしなけりゃ…お礼はたっぷりとしてやるさ。」

危険に目を輝かせているシリウスを、今さら止める気も起きないリリーはただため息だけをついた。

「もぅ……」

「ところで、こんな所にいるってことは、まだ暗号は解けてないのか?リリー。」

「知ってるの!?」

見せても話してもいないカードの事を持ち出されて、思わず声を上げるリリー。だがシリウスは肩をすくめた。

「さぁね。何の事だか…」

「とぼけないで。」

リリーの真面目な視線に、シリウスは軽い調子をしまいこんだ。

「はいはい。じゃあ、とびきりのヒントな。
その暗号は一文字でも欠けたら読めないんだ。そして、読むにはパートナーが欠かせない。
まぁ、オプション付きの所もあるけどな。」

「パートナー……」

「俺が言えるのはここまでだな。じゃあリリー、がんばれよ。
今日は冷えるからな。早くした方がいいと思うぜ。」

「えっ?」

リリーが最後の言葉の意味を尋ねようとしたときには、もうシリウスはいなかった。

「一文字でも欠けたら…パートナー……」

隻眼の魔女の蔵の台座に腰掛けて、二人のヒントを手がかりにもう一度カードを取り出して考える。

「単純に……―――――!!」

弾かれたようにリリーは立ち上がると、カードをローブのポケットに押し込んである所へ向かって走り出した。


わかってしまえば簡単なからくりだった。
パートナー…つまり隣の記号と組み合わせて読むことで、始めて一字となるのである。
つまり……

(「/」と「\゛」は「バ」、「 ̄」と「フ」は「ラ」。これを同じ方法でつなげると……)

「バラエンニテマツ」


答えがわかったリリーは日が傾き始めた校庭へ出て、真っ直ぐにバラ園へ進み、そして―――見つけた。カードを送り主を。
リリーは息を整えてから、くしゃくしゃの黒髪のメガネをかけた青年に声をかけた。

「ジェームズ…」

声をかけられたジェームズは「待っていたよ。」とリリーに微笑みかけた。
「ジェームズ……あなたは普通に誘う事ができないの?ずいぶん時間がかかっちゃったじゃない…」

少し頬を染めながらリリーはジェームズを見た。ジェームズの目は子供のようにキラキラしていた。
「だって、こういうほうが面白いだろ。
それに君なら、絶対に解いてくると思ったからね。」
自信をもって告げるジェームズに、リリーは精一杯普通の状態を維持しようと努めながら、聞くまでもない本題に入った。

「…で、わざわざ呼び出したて何の用なの?」

「今日が何の日か知ってるだろ。」

さっきまでの表情は何処へやら。心境が逆転したかのようにジェームズは少し視線を泳がせて自分の杖を取り出し、軽く振った。
すると、ジェームズの手に綺麗にラッピングされた真紅のバラの花束が現れた。
杖をしまい、少し照れた表情でリリーを見る。
リリーも真っ直ぐにジェームズを見ている。

「リリー、僕からのバレンタインプレゼントだ。」

言葉と同時にバラの花束をリリーへ贈る。リリーは頬を高潮させて花束を受け取ると

「ありがとう。」

と微笑んだ。
二人の間に暖かな空気が流れる。が、その空気は一つの物音であっさりと壊されてしまった。
二人を鋭い目で監視するものが、茂みの中から姿を見せた。

「フィルチの猫か!」

ジェームズが憎々しげに吐き捨てると、猫はナァーーー!と一鳴きした。

「フィルチが来るわ!」

リリーの声が緊張で強張っていた。このままでは見つかる―――そう思った瞬間、バラ園からそう遠くないところで爆発音が轟いた。
猫はその音を聞きつけると、二人を無視して音方向へ走り去っていった。

「人の恋路を邪魔する奴は……だな。

今の内に早く行きな、二人とも。ほら。」

言いながらシリウスは二人に『透明マント』を投げて渡した。
なぜここにいるのかと言及したい気持ちにリリーは駆られたが、今はここを離れるのが先だとジェームズに目で促されて言葉を飲み込んだ。

「じゃあな、俺はリーマスとピーターに加勢してくるよ。」

そう言い残すと、シリウスは大きく迂回して爆発音がした方へ走っていった。
ジェームズとリリーは『透明マント』をはおり、急いで城内へと向かった。


安全地帯であるグリフィンドール寮の前で『マント』を脱ぐと、ジェームズはリリーに笑いかけた。

「何とか、逃げ切れたな。………フィルチの怒鳴り声が聞こえるってことは、三人とも逃げおおせたみた――」

吼えているフィルチの声に耳だてていたジェームズだが、そこまで言ったところで絶句した。
リリーが頬にキスしてきたのだ。

「来年は、もっとスマートに決まるといいわね。…お互いに。」

そう言うと、リリーは呆然としているジェームズを残してグリフィンドール寮の中へ入っていった。

「隅に置けないわね、お二人さん。」

グリフィンドール寮の門番である『太ったレディ』の言葉にジェームズはテレ笑いを浮かべながら、しかしハッキリと言った。

「そうさ、世界中探したって僕らより幸せな二人はいないね。」



この爆弾発言ともいえる言葉をたまたまシリウス、リーマス、ピーターに聞かれ、その晩ジェームズは寝室でさんざんからかわれる事になるのだが……それはまた別の話。


   END

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