「若葉咲く頃」


ここは
帝都の全てが
見える場所だな



心地よい風が吹く中
俺は一人
最高の眺めを見ていた



ここは帝劇の一番上
以前カンナに教えてもらった場所だ
あの時は台風が来る前
屋根の修理が目的だったから
時間も押し迫っていて
こんなにのんびりと辺りを眺めている余裕もなかった


もちろん
今もないんだけどな


つかの間の休息
新たな公演は俺を中心として動き始めている
演目は
「ああ、無情(レ・ミゼラブル)」


再演?
そうかもしれない

でも
あの時居た人
今はもう居ない人
欠けたピースを埋めることは
ただキャストを替えるだけで解決されるものじゃない

だからといって
無いものねだりをしている余裕はもうない
開演の時まであとわずか

今出来る精一杯のことをやろう



俺が入れ込む前に
俺の周りにいる人達が皆動き始めた


あの時出来なかったこと
足りなかったもの

どうすればいいのか?


皆が考え始めた



それが同じ演目を
少しずつ違うものに替えてきているように俺には思える
きっと今回の公演は
「再演」
とは言われない

そんなものになりそうな予感が
俺の中に確実に芽生え始めてきている…




ここから見る景色
戦いの傷跡
全てが同じように元通り
という訳ではない

米田…支配人がおっしゃっていた通りだ
古いものは消え
新しいものが次々と造られていく



だけど



「変わらないな、ここからの景色は。」



なんとなくそう思う


新しく建てられた建物は多い
でも
その周りにある木々達は
俺が初めて帝都に来たあの時から
変わらずその場所にある


だからかもしれない
ここから眺める景色が変わらないのは






「あ!
 大神さん、ここに居たんですか?
 探したんですよ。
 そろそろ通し稽古
 再開するから呼んでくるようにって
 かえでさんに………



 わぁ、すごいですね。
 ここからだと帝都ぜ〜んぶ見渡せるんですね。




 あ
 あの、白いもの
 あれ?なんですか?」



「ああ、あれはね
 <ハナミズキ>っていう木の花だね。
 今から15年ほど前に
 日本と亜米利加の友好の為にと
 日本から桜の木を贈ったお礼にって
 亜米利加から贈られてきたものだそうだよ。」


「そうなんですか〜
 なんだかすごいことですよね。」


「え?
 どうしてだい?」


「だって、あれと同じ花が
 亜米利加にも咲いているんですよ。

 そして………」

「春になれば
 亜米利加でも日本と同じように桜の花が咲く………か。」
「ね、すごいことだと思いません?」


「…………そうだね。」


「もう
 大神さんったら
 全っ然感動してないみたいじゃないですか。」


「え………だって………」


見慣れた景色だから

そう言おうとしてちょっとためらってしまった



見慣れた景色の中にも感動がある
そう今
彼女に教えられたような
そんな気がしたからだ



「………そうだね
 あの花と同じ花を
 ここから遙か遠く離れた場所で見ている人がいるんだね。」



すごいことだね

そう言葉を続けつつ俺は空を仰ぎ見た


まだ夏には早い
だけど、今日は普段よりもほんの少し暑さを感じた
太陽の光が眩しい
光をちょっとだけ避けようと顔を動かすと
真っ蒼な空の色が目の中に飛び込んできた




「この………
 空の色は………」



「え?
 なんですか、大神さん?」


「あの時と同じだ」

「あの時って?」


目を閉じる


爽やかな風
心地よく体の中を通り抜けるような感触
清々しい若葉の薫りに包まれる


懐かしい
巴里の………




「………元気、ですよね」

「え?」

「ラチェットさん
 今、大神さんが亜米利加の話を聞かせてくれたものだから
 思い出しちゃいました。」

「そうだね、彼女もまた」

「<仲間>ですよね。」


そう言って微笑む彼女




「で
 大神さんは
 今、何、考えてたんです。」

「え、えっと………」



「隠すようなことなんですか!!」

「い、いや、そういう訳じゃ」



「あ〜〜〜〜〜
 あたしすっかり忘れてました。
 大神さん、そろそろ帰らないと
 通し稽古始めるって呼びに来てたのに
 『まだなのかしら』
 ってかえでさんやマリアさんの顔色が
 変わっちゃってるかもしれませんよ。」

「…そうだね。」

「じゃ、あたし、先に行きますから
 大神さんもすぐ来て下さいね。」

「ああ、分かったよ。」







「ね、大神さん?」


「???」





「いつか
 また
 同じ舞台に立てるといいですね。


 巴里も

 そして

 紐育も」



「…そうだね。」


「大神さんは………

 ほんとは
 巴里に戻りたかったんじゃ………」





「………どうして
 そう思ったんだい?」




「だって………
 一瞬寂しそうな顔をしたから………」











「青空がね。」


「?」


「青空がね、すごく綺麗だったんだ。
 今日みたいにさ。」



「そう………
 だったんですか………」


「また、見れるといいな。」




「あの………………」



「………もちろん
    ………その時は
       ………一緒に…………」



「え?」



「な、なんでもないって。
 さ、通し稽古だね。
 もう本番まで時間ないし、
 すぐ降りなくちゃね。

 さ、頑張ろう
 さくらくん。」


「はい!!」



満面の笑顔
それを見ているだけで心が落ち着く



「じゃ、行こうか。」


頷く彼女の姿を見て
俺は立ち上がろうとした


一瞬
辺りを風が舞った



「あ!」



青き若葉に混じり
白い花びらが空を舞う



「レニがいつも話している
 <舞台の神様>って」

「今、見えたようなものかもしれないね。」

「祝ってくれたのかな、明日の初演を。」

「そうかもしれないね。」




頑張らないとね
お互い言葉にはしなかったけど
たぶん気持ちは同じだと思う



若葉舞う季節
沢山の出会いを別れを経て


………また、新たな幕が上がる………


<完>