「砂の城」




波打ち際に城を創る。
いつ海にさらわれていくかもしれない私の城。




夏の別荘地―――ここは避暑に訪れる貴族たちの1シーズンだけの社交場になる。

「これはこれは、グリシーヌ様。如何ですかな、今宵の夜会は。」

「うむ、いつになく華やかで、さすがは伯爵家の夜会――私も大変満足しております。」

そう答えた少女は社交界デビューして間もないが、人の目をひきつけるには充分な魅力を放っていた。
ブルーメールという名門貴族の一人娘という肩書きもさる事ながら、その凛とした容姿や雰囲気は夜会の女性間で常に競い合わされているどんな宝石よりも輝き、存在していた。

「それはなによりです。どうぞ今宵はごゆっくりご歓談ください。」

恭しく礼をして去っていったのは年老いた男性。この夜会の主催である伯爵夫人の伴侶である。
その背中が人ごみに紛れるまで確認した少女―――グリシーヌ・ブルーメールは手にしていたグラスの中身を飲み干すと、手時かなテーブルにグラスを置き去りにし、誰にも気づかれないようにテラスへと向かった。
テラスは中の華やかで明るい雰囲気とは打って変わり、月明かりと夜風が支配していた。グリシーヌは夜風のままに長い髪をなびかせ、ため息を一つ、それに流した。

「ふん…私も随分口が巧くなったものだな。」

夜会はけして嫌いではない。が、連日ともなると少々うんざりする。
それに加え、グリシーヌは家の灯りの下で穏やかに過ごすよりも、日の光の下で船を操舵したり、乗馬に興じている方が性にあっていた。

「だが…これが、私の生きる世界だ。生きていかなければならない世界だ。そして―――」

自分に言い聞かすように声に出したが、最後の一言だけは喉下で飲み込んでしまった。

―――ブルーメール家に相応しい、完全無欠の花婿を探し出す。

遠くの波の音がかすかに聞こえる。そうだ、明日の朝は馬に乗って砂浜を走ろう。
ぼんやりとそう考えたグリシーヌは、軽く左右に首を振り、再び華やかだがどこか虚無的な夜会へと戻っていった。



いつ波にさらわれていくかもしれない私の砂の城。
では、母なる海よ。
私の城を海に溶け込ませるときには、どうか「私」の心も一緒に連れて行っておくれ。
自由で、何処までも深い海に―――



―――彼女が一人の東洋人の男性と出会うのは、まだ…先の話



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