青は藍より出でて…




「ただいま!」

勢いよく玄関をくぐると同時にお決まりの言葉を発して居間へと急ぐ。
その姿を居間で待つのは母、双葉とその母の自慢の弟君。

「やぁ、新次郎。お帰り。」
「一郎叔父!!」

その人物の笑顔に新次郎もぱっと顔に花を咲かす。
新次郎にとっても自慢の叔父である大神一郎が二年振りに里帰りを果たしたのは昨日のこと。
すぐ近くの実家に行っていた双葉から連絡を受けた新次郎が、真っ白な軍服に身を包んだ叔父の姿を尊敬の眼差しで見上げたのも昨日の話。
あっという間に集まった親戚一同で開かれた祝いの宴の最中に、明日遊びに行くよと約束したのを新次郎はとても楽しみにしていたのだ。

「新くん、そんなに慌てなくても逃げたりしないよ。
 まずは荷物を置いて、手を洗ってこい。それからお茶にするぞ。」
「あ、うん…わかった。一郎叔父少し待っててくださいね!」

双葉にたしなめられた新次郎は素直に頷くと音をたてて廊下を走る。
遠くなる足音が時々もつれたように乱れるのを聞いて大神と双葉は目を合わせて苦笑する。

「新次郎は相変わらずだなぁ」
「ほんとな…いつまでも子供っぽさが抜けないんだから。」
「でも、それも新次郎のいいところだよ、姉さん。」

そうだねぇ…と頬に手を当てため息を一つつくと、再び足音が近づいてきた。

「お待たせしました!」
「ああ、新次郎こっちこっち。」

手招きされるまま新次郎は大神の隣に座る。
母が注いでくれたお茶を一口含むと、ようやく落ち着いてきたのか、ふぅ…と息を吐く。

「今、こいつが持ってきてくれた写真を見せてもらっていたんだ。」
「ぼくも見せてもらっていいですか?」
「ああ、もちろんだよ。」

大神から手渡された小さなアルバムを、新次郎は大切に受け取り、ワクワクした瞳で表紙を捲る。
最初に飛び込んできたのは真っ白な軍服に身を包んだ男たち。

「…じゃあ、私は買い物に行くから二人とも留守番を頼んだぞ。」
「ああ。」
「いってらっしゃい、母さん。」

すっと立ち上がった双葉を顔を上げて見送ると、新次郎は再びアルバムに熱中する。
次のページは打って変わって華やかさに満ちた笑顔に囲まれた劇場前の写真。
それからの写真は全てそのような写真だったことに新次郎は首を傾げる。

「一郎叔父…は、海軍に所属しているんですよね?」
「そうだよ。今度南米演習に出るからまたしばらく帰ってこれないだろうと思って、今回帰って来たんだ。」
「でもこのアルバム、劇場での写真ばかりですね。」
「ああ、卒業してすぐに大帝国劇場勤務になったからね。この一年はそこにいたんだ。」
「海軍なのに、劇場勤務?」

またも首を捻る新次郎に、大神はただ笑って答える。

「俺も最初は驚いたよ。でも、劇場の暮らしもいいものだよ。あそこにいると俺が守りたかったものが見えてくる。」
「守りたかったもの……」
「芝居を楽しみに劇場にやってくる人たちのワクワクした顔…
 舞台を見て満足そうに帰る人々の笑顔を、俺は守りたい。それは平和を守ることに通じる。」
「平和を守る…」
「…ちょっと実感が湧かないかい?」
「はい…」

眉を寄せた神妙な面もちの新次郎の頭を撫でる。

「お前なら、いつかきっとわかるよ。海軍に行きたい気持ちは変わらないかい?」
「はい!ぼくも一郎叔父のような立派な人になりたいんです。」

真っ直ぐな好意は心地良い。真剣な眼差しで見つめられた大神は力強い視線で頷く。

「なら、いつか平和を守るために一緒に戦う日がくるかもな。」
「そうなれるように、がんばります!」
「そうだ、まだ夕飯まで時間もあるから…新次郎さえ良ければ久しぶりに剣の稽古をつけてあげるけど、どうだい?」
「えっいいんですか!?もちろん、よろしくお願いします!じゃあ、木刀持ってきますね。」

アルバムを大神の手に戻すと、新次郎は飲み終えた二人分の湯呑みをお盆に乗せてまた忙しく廊下を駆けていく。

「いつか一緒に、か……」

言ってみたものの、そうなる可能性はゼロではないが、限りなく低い。
大神が立っている最前線の相手は明らかなる悪意を持った魔物だ。それらと渡り合うには霊力が必要不可欠なのだ。

(まぁ、俺も計ってもらうまで霊力があるって知らなかったから、新次郎にも霊力はあるかもな。)

霊力という素質は、遺伝的なものが強いらしい。
事実、花組の面々の半数以上は過去にも霊力を持っていた者がいる家系生まれの者だ。

「お待たせしました!」

花組の隊長としての思考に耽っていた大神を呼び戻すのは無邪気な声。
顔を上げると新次郎が廊下に立ったままで数本の木刀を抱えていた。

「ああ…じゃあ、庭に出て手合わせしようか。」
「はい!よろしくお願いします!」






「……よし、じゃあここまでにしよう。」
「はい…ありがとうございました!」

肩で息をしつつも礼儀を忘れない新次郎に、涼しい呼吸で木刀を下ろした大神は関心を覚える。

「新次郎、随分と腕を上げたな。俺も少し危なかったよ。」
「いいえ、まだまだ…やっぱり一郎叔父はすごいです。」

結果として全ての攻撃を防がれてしまった新次郎は少し悔しそうだが、瞳は輝いている。
その様子に、大神はまだまだ伸びると確信する。このままいけば、追いつかれるのも時間の問題かもしれない。

「それにしても、驚いたよ。いつから小太刀を使い始めたんだい?」
「ええと…一年くらい前です。ぼくは力で押すよりも技と速さを伸ばした方がいいって……」
「逆手に持つ構えもかい?」
「あ、いえこれは独断です。母さんもやりたいようにやれって言ってくれましたから。」
「そうか…確かに新次郎には小太刀が向いているかもしれないな。」

太刀での攻撃の隙間を縫うように繰り出される小太刀の鋭い攻撃に、大神は手にした二刀で応戦した。
一刀で応戦するつもりだったのに、予想以上に新次郎が腕を上げていたのだ。

「二人共、そろそろ夕御飯だぞ。」
「あ、はーい!一郎叔父、木刀預かります。」
「ああ、よろしく頼む。」

縁側から声をかけてきた双葉に返事をした新次郎は稽古を始めるときと同様に木刀を抱えて走り去る。
その後ろ姿を見つめながら、大神は双葉のいる縁側へと歩みを進める。

「新次郎、随分頑張ってるんだね。驚いたよ。」
「ああ…お前に追いつくんだって勉強も剣の修行も頑張ってるんだぞ。」
「うーん…何だか俺、責任重大だなぁ……」

嬉しいような困ったような、複雑な笑みで頭を掻く大神に、双葉はにっこりと返す。

「ふふっ…お前もがんばれよ、一くん。」
「厳しいなぁ、姉さんは。」
「おや、褒める時は褒めるぞ。ただ、甘やかさないだけだ。
 でもこの前はさすがに驚いたな。」
「何かあったのかい?」

双葉の苦笑に検討の付かない大神は素直に聞き返すと、双葉は軽く肩をすくめて言葉を続けた。

「剣の稽古をしていたら、藁じゃなくて土台の岩を砕いちゃったんだ、あの子。」

まぁ、もともとそれ以外に用途も無かったし、代わりの岩もたくさんあるから大した問題じゃないんだがな。
そう付け足して双葉は台所へと向かっていった。
残された大神は驚愕の色を隠さずに立ち尽くす。

(岩を…砕いただって?)

通常の剣技ならばまずあり得ないことだが、大神はそれが可能になる条件を知っている。
使い手が岩を砕くイメージを思い浮かべて、剣撃に乗せて力を放出する―――すなわち、霊力である。

(もしかしたら―――)
「一郎叔父、支度が出来ましたよ。」
「あ、ああ…すぐ行くよ。」

居間からひょっこりと顔を出した新次郎に促されて大神は玄関へと向かう。

(もしかしたら、本当に共に戦う日が来るかもしれないな。)







そして、四年後―――大神の予感は現実のものとなった。
士官学校を異例のスピードで卒業した大河新次郎に命じられた配属先は『帝国華撃団対降魔迎撃部隊・花組』

(一郎叔父…ぼくはあなたの期待に応えてみせます!)

共に魔と戦う者として大神が大河にかける期待は、彼をまだ見ぬ新天地に向かわせることとなるのだが、まだそれを知らない大河は拝命書を胸に使命感に心躍らせていた。



    END

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