月華−暁降−



「バルトって、ホント太陽みたいだな。」

居住区の子供達に会いに行った帰り。突然のフェイの言葉に、バルトは当然の如く聞き返す。

「はぁ?どうしてそう思うんだ?」

「あ、いや…さっきオバサンたちが「太陽みたいな人だよ。」って言ってて…
 あぁ、そうだなぁ…って思って、言っただけだよ。」

光に似た明るい髪。
空のような深い瞳。
そして、何よりもその性格。
彼を例える時に「太陽」ほどピッタリな表現は無いだろう。

「ふーん……じゃあ、お前は「月」ってトコか。」

顎に手を当て、目線だけをフェイに向ける。

「?……なんで月なんだ?」

その言葉と目線に、先ほどのバルトとまったく同じ反応を返す。

「…さぁね、なんでだろうな。
 ただ何となくそう思ったんだよ。」

バルトの「太陽」とは違い、明確な答えは返ってこなかった。
フェイは少し眉をひそめて疑問符を浮かべる。

「なんだよ、それ?」

「ま、深く気にするんじゃねーよ。
 …さーて、戻ったら爺の入れた茶でも飲むか!」

ポンッと肩を叩いて先に行くバルト。
半歩ほど遅れて続くフェイは、自分の例えの理由をもう一度聞こうと口を開きかけるが、やめた。
聞いても、答えは返ってこないだろうから。

(うーん…でも、気になるなぁ……)

じぃっとバルトの背中を見る。バルトはフェイの視線を感じつつも、振り返らなかった。
言葉にせず、一人返す。

(お前は「月」だよ。



 まぎれもなくな。」

自らが発した声に驚き、目を覚ます。
上半身を起こし、状況を把握する。そして、自分の現状を確認し、一つの結論を出す。

「なんだよ…夢か。」
(今どこから声にしてたんだ?)

あくびを交えながら髪をガシガシと引っかく。

「ま、いいか……目が覚めちまったな。
 ちょっと、歩いてくるか。」

寝くずれたシーツもそのままに、バルトは最低限の装備をして部屋を出る。
数人のクルーとすれ違いつつ、足の向くままブリッジへ向かう。



「はー…潮風がしみるぜ。」

肩の筋を伸ばしながら前方に広がる黒い海面を見つめる。

(夜明け前って時間か―――
 ……フェイは、どうなったんだろうな……)

ふと見上げた夜空の月を見て、先ほどの夢で会話をしていた人物を思う。
アヴェ奪還作戦の失敗の後―――砂漠に沈んだ自分たちは運良くその地下で潜砂艦“ユグドラシル”と同型の潜水艦を発見し、砂の海を離れ本物の海でこうして生きているが、別行動で行動していたフェイたちとは連絡が取れず生死不明の状態であった。

(どうなったんだろうな……まさか…)

一瞬、バルトの頭を最悪な状態がよぎる。
が、首を大げさに振って自らの考えを即座に否定する。

(俺らしくもねぇ…)

再び、月を仰ぐ。夢の会話が再生される。

『なんで「月」なんだ?』

「―――なんでも何もねぇ…お前は「月」そのものじゃねーか。」

夜に混じる黒髪。
不安定な光を宿した瞳。
そして、消えてしまいそうな危うさ。

(…ホントに消えるんじゃねーよ。
 何やってんだよ、今、何処で―――!!)

バルトの心に苛立ちが煮えたぎる。
強く、唇をかみ締めて力任せにブリッジの柵を蹴る。

守れなかった。
二度と大事な人を失うまいと思っていたが―――及ばなかった。
無力な、自分。

目を伏せ、その場から去ろうと思い、背を向けたとき―――光が射した。
月の淡い光ではない。生命力に溢れる眩い光。

「―――…夜が明けたのか…」

呆然と、光を受ける水面を、同じ空にある月と太陽を見る。
その光景にバルトは思わず口を緩ませる。

「明けない夜はない―――か。いい言葉だな。」

大きく深呼吸をして、前を見つめる。
その瞳に先ほどまでの暗さは無く、まさに暁の輝きが宿っていた。

(そうさ、あいつは生きてる。そして、またどこかで会える!絶対にな!!)

吹っ切れたバルトは気持ち良さそうに大きく伸びをする。

「!?」

気持ちを切り換えたバルトの目に、不審なモノが飛び込んできた。
まだ月と太陽が共にあるはるか空の彼方に、一点のカゲが見える―――カゲとこの船の距離は、まだ相当ある。

「それでもはっきりと見える…それだけバカデカイって事か……
 へっ上等じゃねーか!目にもの見せてやるぜ!!」

黒点に向かって威勢のいいセリフを吐くと、バルトは勢いよく艦橋へ向かった。



バルトの発見した黒点は巨大空中戦艦“ゴリアテ”
望んでやまない再開は、バルト自身の手で先送りしてしまう事となるのはもう少し先の話。
彼がその事に気づいた時にはもう後の祭り―――――事実を知ったとき、バルトが激しい後悔に襲われた事は言うまでも無い―――――合掌。



           END
    書棚へ戻る