Golden afternoon




「…うん、よくできたな。じゃあ少し休憩にしようか。」
「はーい!」

麗らかな陽気の昼下がり。
風も穏やかなシアターの屋上で手製の答案用紙の結果の良さにサジータは生徒であるリカリッタの頭を撫でる。

「いししししし〜!リカ今日も満点だったぞノコ!」

相棒であるフェレットのノコを見つめてニコニコと報告するリカリッタにサジータは微笑ましくなると同時に次からはもう少し難しくするかな、と考える。

「……あら、こんにちは。」

そこに、新たな声が響く。エレベーター方面を見ると、一冊の本を持ったダイアナが穏やかな笑みを浮かべていた。

「お二人でお勉強ですか?」
「おう!なぁなぁダイアナ、リカ今日のテスト満点だったぞ!」
「まぁ!それはすごいですね。」

ダイアナも頭を撫でてくれたので、リカはますます笑顔を深める。

「そうだ、ダイアナ…今ちょっといいか?ちょうど聞きたいことがあったんだよ。」
「あ、はい。わたしでわかることなら。」

答案用紙を鞄にしまい、代わりにしっかりとしたファイルに納められた書類を取り出してからダイアナに席を勧める。

「今度の依頼にちょっと医療関係が関わっててさ……」

そう切り出したサジータの話を真剣に聞くダイアナに挟まれたリカリッタはしばらく二人の話と書類を身を乗り出して眺めていたが、やがて目を棒のように細めて椅子に座り直す。

「むー…わけわかんねーな、ノコ。」

サジータもダイアナも話に熱が入っているのか、リカリッタのあくびに気づかない。
二人がリカリッタの存在を思い出したのは話が一段落したのと、助けを求めるような鳴き声が耳に入ったからだ。

「大変、ノコが…!」

テーブルに突っ伏して眠ってしまったリカリッタの腕に挟まれたノコがバタバタと前足をもがいている姿を見て、ダイアナが慌てて助けようとするもリカリッタはガッチリ掴んでいて離さない。

「ダイアナ、あたしがリカの頭と腕を持ち上げるからそしたらノコを助けてやってくれ。」
「わかりました。」

サジータが宣言どおりにそっと動くと、ノコを押さえつけていた力が緩みなんとか救出成功となった。
自由を得たノコはほっとしたように鳴き声をこぼすが、すぐにダイアナの腕からリカリッタの傍へと向かう。

「うふふ…ノコは本当にリカが大好きなんですね。」
「いつ見ても健気なやつだよなぁ…それにしても、リカのやつ、まったく起きる気配が無いな。」

起こさないように、と注意はしたがかなり動かしたというのに、リカリッタは一向に目を覚ます様子を見せない。

「とりあえず、リカのポンチョを掛けとくか。」

勉強するのに邪魔だから、と脱いでいたポンチョを肩から掛けても、リカリッタは依然寝息のままだ。

「一応下から毛布も持ってくるか……ダイアナ、ちょっとリカを頼んでもいいか?」
「はい、わかりました。」

ダイアナの快い返事にサジータは一言礼を言って、エレベーターへと向かう。
それを見送ったダイアナがふと、テーブルを見るとリカの傍でノコも丸まっていた。仲良く眠る姿にダイアナがクスクスと笑みをこぼすと、それに呼応するように数羽の小鳥が屋外テラスの屋根に並んでさえずる。

「まぁ、みんなもお揃いね。」

その小鳥たちを見上げてすっと右手を伸ばすと、青い小鳥が彼女の指先に止まり、じゃれるようについばむ。

「今日はいいお天気だから、きっと気持ち良く飛べるわ。さぁ、いってらっしゃい。」

頬を軽くすりあわせてから再び高く右手を上げると、青い小鳥は力強く羽ばたいていき、屋根に止まっていた仲間たちもそれを追うように翼をはためかせ青空に向かう。
その姿を目で追うダイアナの心はかつてのような寂しさは無く、清々しい思いでいっぱいだった。

(半年前は、こんな気持ちになれるなんてとても思えなかったのに……)

生きる気力を失っていた自分。その命の輝きを取り戻してくれたのは大好きな鳥たちと

「あ、ダイアナさん!」
「こんにちは!」

掛け替えのない仲間たちのおかげ。
呼ばれて振り返ると、シアターなのに珍しく和服の大河とジェミニがこちらに向かってきたので笑顔で応える。

「大河さん、ジェミニさん。お二人揃ってどうしたのですか?」
「ダイアナさんを探していたんです。」
「わたしを?」

きょとんとして自身を指差すダイアナに、大河は手にしていた包みを手渡す。

「今朝、稽古の帰りにサニーさんからダイアナさん宛ての荷物がこっちに届いたから渡してほしいって頼まれたんです。」
「ボクも一緒に稽古していたから、付き添いです。」
「まぁ、そうだったんですか。」

だから大河さんはサムライの格好なんですね、と納得したダイアナはぺこりと頭を下げる。

「お二人ともわざわざありがとうございます……そうだ!」

包みの中身をその差出人名から推測したダイアナは彼女にしては大きな声をあげて微笑む。

「大河さん、ジェミニさん今から時間ありますか?」
「あ、はい…特に予定はないので大丈夫です。」
「ボクも平気です。」
「この中身、紅茶なんです。お礼にこのお茶をごちそうしますね。」

ダイアナが嬉しそうなので、大河とジェミニもぱっと笑顔になる。

「わーい!ボク、ダイアナさんのお茶大好きっ」
「ダイアナさん、ありがとうございます。」
「うふふ……じゃあ、リカと一緒に少し待っててください。お茶の支度をしてきますね。」

本をテーブルに置き、代わりに小包を抱えてダイアナはぺこりと頭を下げると早足でエレベーターへと向かった。
後を任された二人は一連の会話の最中でも全く起きなかったリカリッタとノコへと視線を移す。

「リカ、よく眠ってるね。」

大河が顔を覗きこみ、ジェミニが左頬をつつくとくすぐったそうに首を傾けた。

「うわー、リカのほっぺってすごく柔らかいんだね。」
「……まだ、子供だもん。」

そう、11歳の小さな女の子。
普段の飛び抜けた行動力とバウンティーハンターの一面が強くて時々忘れそうになるけど、絶対に忘れてはならないことだ。

「そうだよね、ボクがリカくらいのときは師匠と剣の修行を始めたばっかりだったもん…すごいね、リカは。」
「うん、そうだね。」

同情でも無く、憐れみでも無く。リカリッタを尊敬するように目を合わせて微笑むと、話題の人物がもぞもぞと動く気配がした。

「あ…起こしちゃったかな。」

ジェミニが顔をのぞき込むと、リカリッタは焦点が定まらない瞳で見つめ返す。

「まだ半分寝てるみたいだね。」

大河もそれに倣うと、リカリッタはゆっくりと顔を動かして二人を交互に見るとにっこりと笑う。

「え?」
「わひゃあっ!」

その笑顔に続いた行動に、ジェミニも大河も目を見張る。
とっさに受け身はとったが、リカリッタは二人の服の裾を掴むと肩に掛けた自分のポンチョごと後ろに倒れて、そのまま再び眠ってしまったのだ。

「ジェミニ、大丈夫?」
「う、うん…ちょっとビックリしたけど平気。」

一緒に寝ころんでしまった二人は上半身だけ起こして互いの無事を確かめるが、リカリッタの手はがっちり掴んだままで離れない。

「…今日が休日で良かったね、新次郎。」
「えっ?」
「せっかくだから、ボクたちも昼寝しようよ。いい天気だし。」

そう言って仰向けになったジェミニに続いて大河も空を見上げると、ゆったりと流れる雲が見えた。

「……そうだね、無理やり離したらリカが悲しむしね。」
「うん。」

リカリッタに付き合うことを決めた大河はゆっくりと目を閉じる。

「……って新次郎もう寝ちゃったの!?」

ジェミニが三分としないうちに聞き取った寝息に、驚いて顔を上げると無防備な顔で眠る大河が見えた。

「新次郎……」

呆れたような声になってしまったが、すぐに何だかんだ常に走り回っている彼の様子をよく知っているから微笑みを浮かべる。

「新次郎はがんばってるんだもんね。」

前にそんな彼に弱音をはいてしまったことがあったが、彼は否定せずに励ましてくれた。
再び横になると視界が青でいっぱいになるが、ジェミニは最初この色にビックリしたのを思い出す。

「テキサスの空と全然違うんだもんなぁ……いつか、みんなにも見せてあげたいな。」

あの、どこまでも広がる蒼い空を。
懐かしい蒼を心に浮かべてジェミニも瞳を閉じた。





先に説明しておくと、今日シアターに来たのはラチェットに呼ばれたから。手にした毛布は下で知り合いと会って話を聞いているサジータに頼まれたからだ。

「昴は思った……子供が三人いる、と…」

やれやれ、といった風情で昴は息を吐くが、すぐに毛布を広げてすやすやと川の字で眠る三人の肩にかけてやる。

「あら、昴………」

その一連の動きと優しさが滲み出た横顔に、来客を迎えるため扉を開けて外に出たラチェットは思わず目を丸くした。
あの、昴が……

「ラチェット、ダイアナがもうすぐお茶の支度をして上がってくるが、君も飲むかい?」
「え、ええ…そうさせてもらうわ。」

こちらを向いた昴はいつも通りの昴だったが、僅かながらも決定的な違を感じ、ラチェットは手にしていたものに視線を向けて僅かに笑みを浮かべた。

「今日呼んだのはあなたにこれを渡したかったからよ、昴。」
「手紙……?」

三人のすぐ側にある未だノコが眠るテーブルに移動したラチェットは向かいに座った昴の目の前に一通の封筒を差し出す。
わざわざ呼び出して手渡しされるものだからよほど重要な書類かと思ったが、差出人の名前を見てそうではないとわかる。

「懐かしいでしょう?」

小首を傾げて微笑むラチェットにそうだな、と返事をしてから封を切ると中からこぼれ落ちてきた写真にさらに驚いた。

「……レニは本当に笑うようになったんだな…」

ラチェットに聞いてはいたが、こうして写真で見ると改めて目を見張る。

「ええ、私も最初は驚いたわ。織姫もずいぶん雰囲気が変わっていたし…」

届いた手紙は帝都花組に所属しているかつての仲間から。
今にして思えば、お互いに歩み寄ろうとはせず、仲間と呼ぶには冷え切っていた関係だったと思う。

「二人にも革命が訪れたということか。」
「そうね、それに私もあなたも…完璧だと思っていた頃が少し可笑しいわね。」

だが、今の自分たちならきちんと話せると思う。心を通わせることもできるかもしれない。

「いつか、みんなで会えるといいわね。」

言いながら、すぐ傍で丸くなっているノコの背をそっとなでるラチェットに昴は小さく頷いて写真と手紙を封筒に戻す。
これは今夜ゆっくりと読むことにしよう。

「お待たせしました。」

昴が封筒をスーツの内ポケットに入れると同時に、朗らかな声が二人にかかる。見ると銀色のトレイにティーセットを揃えたダイアナと30センチほどの白い箱を持ったサジータが並んでこちらに向かっている。

「あれ、坊やとジェミニまで寝てるのか。」

熟睡者が増えていることに思わず苦笑いがこぼし、しゃがんでそれぞれの寝顔を眺めるサジータの横を通り、トレイをテーブルの上に置きながらダイアナも相槌を打つ。

「ふふ、気持ちよさそうに眠ってますね。」
「…だが、大河はジェミニとリカに混ざっても違和感が無いものだな。」

カップを並べる手伝いをしながら昴が呟くと、その場にいた全員がしみじみと同意する。

「ホントだな。思い出すなぁ…初めて坊やを見たとき本気で子供だと思ってサニーサイドに抗議に行ったな。」
「わたしも……実は同い年だと思いませんでした。」
「でも…そこも大河くんの魅力の一つ、よね?」
「そうかもしれないな。プチミントは大河でなければ成功しなかっただろうし。」
「あっははは!たしかに、あれは傑作だったなぁ」

さらに一言添えた昴に、またもや全員大河の女装姿のあまりのはまりっぷりを思い出して各々表情を崩す。

「未だに問い合わせやファンレターが届くのよね……」
「プチミントさん、当時の記事で“期待の新人女優”って書かれてましたよね。」
「でもその正体はシアターのモギリだもんなぁ」

ラチェットは嬉しいような困ったような複雑な笑みを浮かべ、ダイアナは素直に楽しんでいるようだ。
そしてサジータは心底面白がって話題の人物の頬を軽くつつく。

「ん……」
「ありゃ、起こしちまったか。」
「あれ?……あ、サジータさん。皆さんも…いつの間に?」

身を起こし右手で眠り眼をこすりながら左手で襟元を直す大河に起きていた面々はそれぞれに目配せをする。

「揃ったのはついさっきさ。これからお茶にするからそろそろ起こそうと思っていたところ。」
「おかしのにおい!」

必死に笑いを噛み殺しながら、代表で一番近くにいたサジータが軽く説明すると同時にガバッと勢いよく起きたリカリッタに続いて、ジェミニも目を瞬かせる。

「なぁなぁサジータ、それおかしだな!」

起き抜けにもかかわらず目をキラキラさせてサジータが持つ箱を見つめる様子に蓋を開けて中身を見せる。

「相変わらず鼻がいいねぇ…ああ、さっきもらったアップルパイさ。ジェミニも食べるだろ?」
「はい!もちろんです。」

ニコニコと頷き、立ち上がるジェミニに倣いリカリッタも大河も立ち上がる。

「あ、ジェミニちょっと待って。髪に葉っぱがくっついてるよ。」
「え、どこどこ?」

大河に指摘されて束ねている髪の毛先を見るも、確認できない。何とか手探りしようともがいていると、すっと大河の腕が伸びてくる。

「ちょっとじっとしてて……はい、取れたよ。」

頭上と髪を束ねているあたりについていた葉をてきぱきと取ってにっこりと笑う大河にジェミニは少し頬を赤らめる。

「あ、ありがと新次郎……」
「どういたしまして。」

だが、大河はそれには気づかずにまた屈託無く笑う。

「じゃあ、皆さんそろいましたし、お茶にしましょう。」

人数分のカップに紅茶を注ぎ終えたダイアナの声にテーブルを見るとサジータが持ってきたアップルパイをラチェットが切り分け、昴が取り分ける様子をリカリッタがぴょんぴょんと跳ねながら眺めている。

「はーい!行こう、新次郎。」
「うん!」

その輪にジェミニと大河も加わるとさらに笑顔が増える。

(こんなに穏やかな気分になれる仲間がいるというのは、幸せなことね。)
(昴は思った……ここが僕の居場所だ、と…)
(わたしの青い鳥たちは、ここに…すぐ傍に。)
(リカ、みんなと一緒のニコニコ大好き!)
(今のあたしがあるのは、みんなのおかげだな。)
(ボク、この紐育でみんなに会えて良かった。)
(みんながいるから、ぼくはぼくなんだ。)

それぞれの心に重ねる思いは一つ、出会えた事への感謝。



    END

書棚へ戻る