ひだまりのうた
陽光の暖かさに思わず桜のつぼみも膨らむある日の午後。帝劇の中に小さな可愛らしい袋を持って廊下を歩くアイリスとレニの姿があった。
「フント、これ食べてくれるかなぁ?」
「大丈夫。フント、甘いものも好きだから。」
とてとてと階段を下りるアイリスの後ろをゆっくりとついて行くレニ。目的地は中庭。フントにお菓子をあげるのが目的のようだ。
中庭の扉を開けると、温かな日差しが二人を迎える。
「ふわぁ〜…!今日、すっごくいい天気だね。」
「そうだね。」
暖かな風が吹き、草の香りが二人の鼻腔をくすぐる。
大きく息を吸って吐くと、アイリスはフントを探す為に中庭を走り出した。
レニはアイリスと違ってその場で首を動かして中庭全体を見渡すが、フントのいる様子はない。
(いつもだとこの時間は中庭を遊びまわっているはずなんだけど……
もしかして………)
そう思うと、レニはフントの寝床―――犬小屋へ歩き出した。
一しきり中庭を見終えたアイリスも途中でレニと合流し、犬小屋へと向かう。
二人で犬小屋の中を覗き込むと、レニの予想通りすやすやと寝息を立てているフントがいた。
「あ〜〜…フント、お昼寝してる〜」
「…起こすのもかわいそうだから、そっとしておいてあげよう。ね?」
レニの口元に人さし指を当てながらの言葉に頷くアイリス。
「うん、そうだね。お菓子はまた後でだね。」
「じゃ、戻ろうか。」
「うん。」
そっと、起こさないようにフントのそばを離れる二人。
二人並んで中庭の出口に向かうが、中庭の中央あたりでアイリスが大きなあくびをして立ち止まった。
「ふぁ〜あ……アイリスも眠くなってきちゃった…………」
「…部屋に帰ったら、寝る?」
レニの質問にふるふると首を振って否定を表すアイリス。
「ううん、お部屋じゃなくて、今日はここでお昼寝するの!」
「…ここで?」
不思議そうな顔のレニにアイリスは大きく頷くと
「そーだ!!
ね、レニも一緒にお昼寝しよう!」
と、レニの手を握る。
「えっ……ボ、ボクは、いいよ。」
「いいから、いいからぁ!
天気のいい日にお外で寝ると気持ちいいんだよ〜!!」
レニの手を取ったまま、ごろんと仰向けになるアイリス。
「うわっ…」
引っ張られる形でレニも仰向けに草の上に転がる。
視界いっぱいに空が広がる。
「ね、お日様あったかくて気持ちいいでしょー。」
「……うん。」
「えへへ…じゃあ、レニ。おやすみなさ〜〜いぃ……」
眠たそうなアイリスの声に横を見ると、早速眠りの世界の入り口に立ったアイリスの顔が見えた。
くすっと少し笑うと、再び正面に広がる空を見るレニ。
日差しに包まれ、一面に広がる青を見ていると、だんだんと瞼が重くなっていくのを感じる。
やわらかい気持ちがレニを包む。
(空って……こんなに青くて広くて………あったかかったんだ…)
突如、織姫の目の前に茶色い板が現れた。
「きゃっ!」
足に急ブレーキをかけ、何とか顔面衝突を避ける。
衝撃を避けられなかったつま先の痛みを抑えつつ、目の前に板を突き出した人物に文句を言う。
「紅蘭!ドアを開けるときは注意してくださ〜〜い!!
アブナイで〜す!キケンで〜す!足痛いで〜〜す!!」
外に出て茶色い板―――ドアを元に戻した紅蘭は顔の前で手を合わせながら苦笑いを見せる。
「いやー織姫はん、すまんすまん。ボーっとしとったわ〜〜…」
「…もしかして、またテツヤして変なもの作ってたですかー?」
冷めた目の織姫とは対照的に、キラキラした目で天井の方を向き語りだす紅蘭。
「変なものやないで!!
あれぞ世紀の大発明!!発明は成功の母!!
そや、織姫はん!ウチの自信作見てかへんか!?」
「……丁重にエンリョしときまーす。
わたしこれからシェスタするので〜す。」
そこまで言って、何か思いついたように紅蘭の顔を改めて見る織姫。
やはり目の下にクマが出来ている。
「ちょーどいいでーーす!紅蘭も一緒にシェスタするがいいでーーす!!」
「え?!ウチも?……」
「さっ行くでーす♪」
返事を待たずに紅蘭の手を掴み、ずんずん進む織姫。
「ちょっ…織姫はん!」
「シェスタシェスタ、お昼寝で〜〜す♪♪」
こうなったらいくら言っても織姫は止められない。
(…まぁ、ええか。)
眠らなくてはいけないのはわかっているが、自分ではなかなかそうはいかない。
たまには昼寝に強引に付き合わされるのもいいだろう。と、紅蘭は自分の手を引っ張る織姫の背中を見ながら思った。
「あらら、先客がいたですねー。」
織姫と紅蘭が中庭に出ると、日の光をいっぱいに浴びて眠るレニとアイリスがいた。
「あはは…二人とも気持ちよさそうやな〜」
しゃがんでアイリスの頬をつついてみる。
つつかれたアイリスは言葉になっていない寝言を言って寝返りをうつ。
「レニがシェスタするなんて〜……人間、変われば変わるものなんですね〜。」
無防備な寝顔を見て、以外だがどこか嬉しそうな声の織姫。
レニの昔を知っている織姫としては、嬉しい変化なのだろう。
「さ、て。わたしもシェスタするで〜す。」
そう言って、中庭の西方にある一本の木の影に行き、人の身長ぐらいの白い物を持ってくる織姫。
「織姫はん、その白いものって……イスか?」
「そうで〜〜す。プールにある折りたたみ式のイスを借りてきてるので〜す。」
紅蘭の疑問に答えながら、せっせとイスを準備してその上に足を伸ばして座る。
「それじゃ、紅蘭。おやすみなさ〜い♪」
ひらひらと手を振ると〈太陽の娘〉は父の腕の中で小さな寝息を立て始めた。
「…寝付くの早いな〜……
じゃあウチはアイリスとレニと一緒に寝るかいな。」
トサっと草の上に横になり伸びをする。
ふと、空を見るとぽっかりと雲が浮かんでいた。その雲の形はよく見ると飛行機の形と似ていた。
(……いつかウチの飛行機であの空を、世界中を飛んでみたいわぁ…)
大空を自分で作った飛行機で自由に飛び回る夢を瞳に込めて、紅蘭は夢の世界へ飛び立っていった。
紅蘭と織姫が中庭についた頃。時を同じくして屋根の上で心地良い南風を感じている人物がいた。カンナである。
「ふ〜〜…のどかだねぇー……なんか「春」って感じだな。」
明るい髪を風任せにはためかせながら、ゆっくりと座り上半身だけ伸びをする。
空を仰いだカンナの所へチチュン、チチュンと何羽かの鳥たちが下りてきて、仲良く戯れ始めた。
それを見て、カンナは嬉しそうに寝っころがる。
「おまけに敵もいないし、平和だし……いいねぇ、やっぱり。」
チチチ…チュン、チュン。チチュン。
しばらく鳥たちを相手にのどかな時間を過ごしたカンナだが、鳥たちが羽を広げ始めた時、カンナは起き上がった。
「お、そろそろ行くんだな。じゃあ、またな!
途中で窓にぶつかるんじゃないぞー!」
チチ…チュン、チュン……チチチチ…
鳥たちが別の場所に羽ばたいて行くのを見送ったカンナは、再び空を仰ぐ。
「さー…て、と。昼寝でもするかな。」
横になろうとした時、下から自分の名を呼ぶ声が耳に入ってきた。
「カンナさ〜〜〜ん!」
その声を追って下を見ると、屋根裏部屋の窓から身を乗り出してこちらを見上げるさくらの姿が見えた。
「よぉ、さくら!何やってんだ、そんなとこで。」
「あたしは、ちょっと掃除を…そんな事より、カンナさん!中庭に行きませんか?」
「中庭に?何かあんのか??」
「い、いえ…そういう事じゃなくって……あれ、見てください。」
ホラ、と中庭を指差すさくら。
さくらの指先を追っていくと、中庭の様子がよく見えた。
「あはははは!なるほど、そーゆー事か。」
「あたしたちも、仲間に入れてもらいましょうよ!!」
「そーだな、草の上で大の字になって寝るのも気持ちいいしな!
さくら、ちょっと窓から離れててくれ。今そっちに下りるから。」
「はい。」
さくらの姿が窓の中へ消えていくのを確認すると、カンナは慣れた動きで窓の中へ下りていった。
無事に着地を決め、顔を上げると、目の前にさくらが微笑みながら待っていた。
そんなさくらを見て、二カッと笑うカンナ。
「よっしゃ!じゃあ、行くか!!」
「はい!」
二人一緒に階段を下りて中庭へ向かう。
それから、数分後――――中庭から夢の世界へ旅立った人物は六人と一匹に増えていた。
甘い匂いにつられて半分夢の世界から一匹が半分現実の世界へ帰ってきた。
「ワゥ〜…」
フントだ。寝ぼけた足取りで匂いを辿っていく。
すると、中庭と帝劇内をつなぐドアに思いっきり頭をぶつけた。
「ゥワウ!!」
顔を二・三回振り、痛みと眠気を取ろうとするフント。
今度は全身でドアを押して中に入る。
が、中に入った瞬間にまた何かにぶつかった。
「キャンッ!!」
「えっ!?」
ぶつかったのが人だったからか、あるいはその人物の着ていた服がやわらかいコートだったのかが幸いだったのか、今度はあまり痛みは感じなかった。
ぶつかられた人物は意外そうに下を見る。
「フント!?ダメじゃない、勝手に中に入ってきたら…レニがまた心配するわよ。」
マリアの注意を聞いているのかいないのか……フントはマリアが持っているバスケットに向かって――いや、正確にはバスケットの中身に向かって吠え続けている。
「ワンワンワンッ!!」
「……これがほしいの?」
あいているもう片方の手でバスケットを指さしてみるマリア。
「ワンワン!!」
そうそう!とジャンプするフント。そのしぐさを見て、マリアは微笑みをこぼす。
「わかったわ、特別に一つ先にあげるわ。
でもその前に中庭に戻りましょうね。」
キィ…とドアを開けて中庭の景色を目にしたマリアは目を瞬かせた。
「あら……」
「ワンワンワン!!」
「…フント……」
静かに、と口の前で人差し指を立てるマリア。
マリアのしぐさに‘おすわり’のポーズをとるフント。
「みんな寝ているから、静かにね。……はい。」
バスケットの中から先ほど出来上がったばかりのお菓子を一つ取り、フントの前に置く。
お目当ての物にありつけたフントは嬉しそうに頬張る。
「すぐに戻るから、ここにいてね。」
「ワン!」
そのフントの声を返事とし、マリアは急ぎ足でサロンに向かった。
サロンにはすみれと大神がいた。
「みなさんは何をしてらっしゃるのでしょう…」
すみれの顔にはうっすらと青筋が浮かんでいる。
「今日はみんなでお茶にしようって約束だったよね?」
首をひねる大神にバンッとテーブルを叩くすみれ。
「ええ、そうですわ。それなのに……
時間になっても少尉とわたくし以外現れないとは、どういう事ですの!!?!」
「ま、まぁまぁ…すみれくん、落ち着いて……」
「落ち着いてなんていられませんわ!!
わたくし、待たされるのは大っ嫌いですのよ!」
大神に半ば八つ当たりぎみのすみれの言葉を甘い香りが漂うバスケットが遮る。
「そこまでよ、すみれ。」
「マリアさん!……何ですの、これは?」
すみれが自分の言葉をふさいだバスケットの中身に興味を示す。
「今日はみんなでお茶をするって言ったから、その時にって思ってさっき作ったのよ。」
「へぇ…いい香りだね。」
バスケットの中身を覗き込みながら大神が言う。
「スコーンというお菓子です。
はちみつ入りとオレンジマーマレード入りの二種類を作ってみました。
…そうそう、すみれ。今日のお茶会、場所変更よ。」
「はぁ?!……どういう事ですの?」
間の抜けた顔を見せるすみれ。大神も話がわからず首をかしげる。
二人の様子を見て、マリアは無言でサロンを出てすぐの窓際に立ち、二人を手招きで呼ぶ。
マリアに招かれるまま窓の所まで行くと、中庭が見えた。
「…なるほど、そういう事でしたのね。」
「みんな、気持ちよさそうだな。」
「わかりましたわ。お茶会の場所は中庭に変更ですわね。」
髪をかきあげながらサロンに戻る。
てきぱきとティーセットをトレイの上に乗せると、すみれはそれを大神に渡した。
「では、少尉はこれをもって先に中庭に行ってくださいな。
わたくしは、ちょっと部屋によってから行きますわ。」
「ああ、わかった。じゃあ先に行ってテーブルの準備をしているよ。」
「ええ、お願いしますわ。」
すみれから受け取ったトレイを持って、大神は一足先にサロンを後にした。
「私も先に行ってるわね。」
「ええ、そうしてくださいな。わたくしもすぐに参りますわ。」
マリアもサロンを後にするのを見送ると、すみれは自室へ向かった。
部屋に入り、机の上にある小包を開ける。中には鉛筆立てぐらいの缶が入っていた。
すみれはその缶を持って微笑むと、部屋を後にし、みんなのいる中庭へと足を向かわせた。
少し冷たい風が織姫の頬をなでる。
「んー〜……んぅ」
目を瞬かせ、上半身を起こしのびをする。
「今、何時ですか〜?」
「三時三十分よ。」
「そーですか〜〜…」
寝ぼけた声で返事をする織姫だが、頭の中で声の告げた時間を反復した瞬間、はっとなって慌てて飛び起きた。
「し、しまったでーーす!!三十分の遅刻でーーす!
早く行かなくては…とってもマズイで〜〜す!」
「あら、一応は憶えていたのですわね。」
慌てふためいてイスを折りたたむ織姫の背中に少しトゲのある声が刺さる。
ピタっと動きを止め、ゆっくりと振り返るとこちらに向かって手を振っている大神と本を片手に持ったマリアとすみれがお茶の用意が整ったテーブルを囲んで座っていた。
「すみれさんにマリアさんに…少尉さーん…なんでココにいるですか〜?
って言うか、なんでココにお茶の準備が出来ているのですか〜??」
「あなた達がとても気持ち良さそうだったから、今日は此処でお茶にしようと思ってね。
…で、起こすのもなんだしまだ時間もあったから、準備をして待っていたのよ。」
織姫の疑問に冷静な声でマリアが答える。
「そーだったですかー…」
「あんまり遅いんで、叩き起こしてしまおうかと思いましたわ。」
「まぁまぁ…すみれくん。」
本気でイラついている声ではない。と感じつつも一応すみれをなだめる大神。
「ふぅ…まぁ、いいですわ。」
言いながらポットに茶葉を入れ、お湯を注ぐ。
いつもならここで一分強蒸らすのだが、今日は違った。
まださほど蒸らしてもいないのにカップを手に取り、ポットを傾ける。
「あれ?今日はずいぶん早いんだね。」
「ええ、このお茶は手早く入れませんと綺麗に色が出ないんですの。」
にっこり笑って大神の質問に答えながらカップにお茶を注ぐ。
「OH!お茶の色が青いでーす!!」
「へぇ、こんなお茶もあるのか……」
みんなが驚きの眼差しでカップになみなみと揺れているお茶を見るとすみれは得意げに笑う。
「すみれ、これは何て言うお茶なの?」
「マローブルーと言う、青い色の出る珍しいお茶ですわ。
青空の下で青いお茶を飲むのもよろしいかと思いまして…」
マリアの質問にゆったりと答えるすみれ。
「さぁ、そろそろ皆さんを起こしてお茶に致しましょう。
でないと、夕暮れ時になってしまいますわよ。」
「ははは…そうだね、じゃあ……」
大神とマリアが立ち上がり、眠っているみんなを起こしに行こうとした時、足元からフントの声が聞こえた。
「ワンワンワンッ!!」
「フント!?いつの間に…」
「さっきまで向こうの方を走り回っていたのに…」
「子犬はすばしっこいですね〜」
大神の足元に擦り寄るフント見て、何か思い立ったのか織姫が笑う。
「そーでーす!少尉さん、ちょっちいいですか〜。」
そう言うと、大神の足元にいたフントを抱き上げる織姫。
大神は織姫の行動の意図が読めずきょとんとした顔を見せる。
「どうするんだい、織姫くん?」
大神の問いに人さし指をピッと上げて答える。
「フントに皆さんを起こしてもらうので〜す。
さぁ、フント。皆さんを起こすで〜〜す!!」
眠っているメンバーの方を向けてフントを下ろし、ポンッと背中(?)を押す。
「ワンッ!」と一声鳴いてその中へ走っていくフント。
軽く髪を引っ張ったり、顔に擦り寄ったりなめたりしながら次々とみんなを起こしていく。
「きゃっ!」
「うぉ!?」
「うう〜ん…」
「…ふぁ〜あ」
「……フント。」
さくら、カンナ、紅蘭、アイリス、レニ…と全員起こし終えると、フントは上体を起こしたレニに擦りより、その手の中に収まった。
「おはよう、みんな。」
大神の声に寝起きの瞳をテーブルの方へ向ける。
「ふぁ〜あ…おはよう〜お兄ちゃん……
あれ?なんでみんなここにいるの〜?」
眠っていたメンバー全員の疑問を代表するように尋ねるアイリス。
「今日はいい天気だし、皆さんもシェスタしていたから外でお茶にするそうでー
す。」
「さぁ、みんな。手と顔を洗ってきてお茶にしましょう。」
『はーーい!』
織姫の答えとマリアの発言に素直に返事をし、手と顔を洗いに行くお昼寝メンバー達を視界に入れた大神は、先ほどすみれが入れてくれた青いお茶、マローブルーを口に含む。
独特の香りと味が口の中を満たす。
その味が喉を潤した時、大神は空を仰いだ。
「?少尉…どうかなさいましたの?ぼんやり空を見て……」
他のメンバーの分のお茶の準備をしていたすみれが声をかけると、大神は目線を戻しすみれ達を見ながら口を開く。
「いや、こうして暖かい日差しの中でのんびりしていると本当に…
“平和”だなぁ……って思ってね。」
「……そうですね、こうして暖かい時間を過ごせる事は本当に良い事ですね。」
マリアの柔らかい笑みに、すみれも同じ笑みを浮かべる。
そう、戦いの後に手に入れた優しい暖かな時間。この先もこの時が続くと信じている。
信じている…が、心の底には一抹の不安も残っている事も事実だ。
この時が続いたとしても、みんな一緒にいられるのだろうか。またいつか闇の者が動き出したりしないだろうか―――考え出すとキリのない不安を抱えている。
しかし…その不安以上に強い思いも、ある。
どんなに時が過ぎようとも、季節がいくつ巡っても―――変わらないものだってある。
それだけは、確かな事。
(きっと、みんなも同じ…………)
顔を少し動かすと、すみれとマリアと目が合った。
二人とも、大神の気持ちを汲み取ったかのように、笑う。
大神は二人の笑みに嬉しくなり、笑顔をこぼす。
「みっなさ〜〜ん!お待たせしましたー。
さぁ、お茶にするでーす。」
そこに、手と顔を洗いに行っていた織姫たちが帰ってきた。
「あ、帰ってきましたね。」
「では、皆さんそろいましたし…お茶に致しましょう。」
「ああ、そうだね。」
全員が一つのテーブルを囲んで、お茶を片手に他愛もない話に花を咲かす。
そんな中で、大神は変わらないものを改めて感じる。
(世の中には普遍なものなんてないって言うけど、ウソだよな…)
この花組の『絆』だけはいつまでも変わらない―――――大神はそう確信している。
風が吹く。
[出会いと別れの季節]を風が運んでくる。
春は、もう目の前――――――――
END
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