奇跡のような軌跡-星巡-




「お花見…ですか?」

支配人室に着くなりサニーさんが開口一番に告げた言葉を繰り返すと、サニーさんは満足そうな顔で頷いたけどプラムさんもラチェットさんも目を丸くしている。

「でもサニーサイド様、まだ花も咲いてないのにお花見なんて早すぎですよ?」

代表して杏里くんが口にした言葉にぼくも首を縦に振って同意した。
安土での戦いからまだ2ヶ月しか経っていない。まだまだ桜の季節には早いはずだよね。

「その点はもちろん抜かり無いよ、杏里。ボクの温室の桜がそろそろ見頃になるのさ!」

サニーさんの家って温室まであるのか…ぼくが感心しているとプラムさんが両手を合わせてニッコリと笑って

「じゃあ、問題ない無いわね!きゃっふ〜ん!楽しみだわ〜!料理はあたしたちで用意していいのかしら?」

ワクワクした瞳でサニーさんに訊ねる。サニーさんが「もちろん、よろしく頼むよ」と言ったのでプラムさんは杏里くんの手を取って早速打ち合わせに入っていった。

「ラチェットと大河くんはみんなにこの事を伝えといてね。次の休みはお花見だって。」
「はい、わかりました。」
「了解よ。じゃあ、心置きなく楽しむために仕事…しっかりと片付けてね、サニー。」

ラチェットさんは微笑みを浮かべてるのに、サニーさんは乾いた笑いになっている…サニーさんってそんなに仕事を溜め込むのかなぁ…まぁ、ラチェットさんが見張ってれば大丈夫だよね。
さてと、じゃあ早速みんなに伝えに行かないと。
支配人室を後にしたぼくはまっすぐに楽屋へと向かう。今日は新しい舞台の通し稽古があるからみんなもう楽屋に入ってるはずだ。

「おはようございます!」

挨拶と共に楽屋に入るとぼくの予想通りもうみんな新しい台本を片手に集まっていた。

「おはよう、新次郎!」
「しんじろー、朝から元気だな!リカも元気!」

真っ先に返事をしてくれたジェミニとリカに次いでサジータさん、昴さん、ダイアナさんも答えてくれる。
当たり前といえばそうかもしれないけど、ぼくはそれが嬉しかった。

「でもそんなに急いでどうしたんだ?」
「プラムや杏里たちと一緒にサニーサイドに呼ばれていたみたいだが、それと関係あるのかい?」
「あ、実はですね…」

挨拶に続いてサジータさん、昴さんに訊ねられてぼくが今聴いたことをみんなに説明すると、この時期にわざわざ花見をするなんてサニーさんらしい、と呆れ半分ながら全員了解
してくれた。

「あの桜が咲くんですね。」
「あ、ダイアナさんはサニーさんの家に住んでたから知ってたんですね。」
「ええ、庭師の方が頑張っているのを何度か見かけたことがあるので楽しみです。」

にっこりと笑うダイアナさんにつられてぼくも笑顔になる。紐育で花見ができるなんて思ってもいなかったから本当に楽しみだ。



そして次の週末

「うわぁ…!」

みんなより一足早く温室に来たぼくは一際目立つその桜に思わず感嘆の声を上げた。
本当はプラムさんと杏里くんを手伝おうと思って早めに来たけど、メニューはお楽しみだからダメと断られちゃって…でもこんなに立派な一本桜だと思わなかった。
幹にもたれかかって空を仰ぐと花が視界一杯に敷き詰められる。

「まだ外は肌寒いのがうそみたいだなぁ…」

温室の中は空調が行き届いていて本当の春の陽気みたいで……なんだか瞼が重くなってきた。
少し、休ませてもらおうかなぁ……



何となく懐かしい、と思ったのはここがいつか見た日本の風景のようだからだろうか。温室の桜よりもはるかに大きい桜の木にこれが夢だと理解すると、その桜の木の下に佇む人に気づく。

「…………」
「珍しいね。」

袈裟掛けの僧侶の姿をしたその人に声をかけようか迷っていると、先に気付かれ手招きをされる。
ゆっくりと足を進めて隣に立ち、その人の顔を見る。自分で言うのも変な感じだけど、本当に似ていると思う。

「ここは……」

そのまま目線を周囲に移して改めて眺めるぼくに静かな声でその人が説明してくれた。

「君の中でのぼくの居場所とでも言うのかな…君から見れば夢の中で間違ってないよ。」

なるほど。と納得したぼくは、真上の桜に目線を移す。
咲き誇る花と風に舞う数枚の花びらをしばらく並んで見つめていたけれど、意を決して口を開く。

「……聞きたいことがあるんです。」

今を逃したらもう知る機会は無いかもしれない。でも、少し怖くてぼくは桜を見上げたまま彼に本題を告げる。

「どうしてぼくには最初から五輪のアザが無かったんですか?」

言い終えてから向き直ると、その人は堅い表情でぼくを見つめていた。
やっぱり踏み入ってはいけないことだったのかな……でもこれはぼくの話でもあるし…ぐるぐると浮かんでは消える感情に目を逸らしたくなったけど、そうしてはいけないと頭の芯が警鐘を鳴らす。それに従い、沈黙に耐えていると

「…できることなら、負わせたくない役目だったし……知らなくてすむなら知らせたくないことだったから。」

ぽつりと、でもはっきりと答えてくれた。でもその痛みをごまかすかのような苦しそうな笑みをぼくは黙って受け止めることしかできなかった。

「でも、あの時ぼくが封じていた五輪の力を解放しなくては君は死んでいた…」

さらに続いた死、という言葉に無意識に肩が震えた。あの時の感覚―――全身から力が抜けて意識が遠のいていって、そして…暗闇に飲み込まれそうになった感覚を思い出して背筋に寒いものが走るが、それに次いで見えた光景と道標は

「だから、ぼくの記憶も一緒に解放したんだ。五輪曼陀羅がもたらす力とそのための重すぎる犠牲を……知った上で君に判断してもらいたかった。五輪の力を持ち、つかう事を。」

あのあたたかな光まで導いてくれたのは間違い無くこの人の、人を思う優しい気持ちだった。

「そうだったんですか……」

愛おしさと懺悔。
記憶の最後、名も無き墓標の前で感じた深い深い二つの思い。
その思い故にぼくは五輪の戦士として目覚めなかったのだと知れてぼくは大きく頷いた。

「でも、輪廻っていうものはあるものだね…ぼくは君を通じてまた信長と戦ったし、あの人にも会えた。」

ふいに零れたその笑みに、胸に微かな痛みを感じたのはその思いを知っているからだろうか。

「嬉しかったよ、彼女も新しい命を生きているってわかったから。また戦いの中にいるけれど…それは君が守ってくれるんだろう?」
「はい!もちろんです!!」

ぼくは大切な人たちを守ると彼に誓う前に自分に誓った。絶対にこの約束は破らない。それを読み取ってくれたのか、にっこりと笑ってくれた。

「ありがとう。それにしても君たちは本当に凄いね。ぼくたちよりもずっとずっと凄い。」

明るくなった口調で言われた言葉は少し照れくさいものだった。あの時はもうとにかく必死で…

「ぼくたちは……犠牲を払って信長を封じこめたけど、君たちは誰一人欠けることなく信長を封じた…君に託して良かったって、心から思うよ。本当に、ありがとう。」

なんて返そうか迷っているうちに目の前の人に頭を下げられてしまった。
そ、そんな風にしないでください!慌てたぼくは、顔の前で両手を広げてぶんぶんと首を振る。

「そんな…褒めすぎですよ。それに、ぼくの方こそあなたにお礼を言わないと……あの時あなたがいなくてはぼくはこうして生きていないんですから!本当にありがとうございました。」

そう、あの時彼がいなかったらぼくはあの闇の淵から戻れなかっただろう。むしろ、力を封じていてくれたからこそ、たぶんぼくは戻ってこられたんだ。頭を下げなきゃいけないのはこっちの方だ。

「……なんだか、不思議な感じです。こうして話をしてるのにあなたはもういない人なんですよね…」

頭を上げてそう呟いたぼくに、目の前の人は淡い笑みを浮かべて頷いた。

「うん…でも、ぼくはここにいるから。」

ここにいる―――そうか、ぼくがこの人を拒絶しない限りこの人はここにいてくれるんだ。

「はい…」
「さぁ、そろそろ行った方がいい。君を呼んでいる人がいるよ。」

ちらっと目線を動かして告げられた意味がわからなかったぼくは首を傾げてしまったが、すぐに頭にある声が響いてきてはっとなる。
行かなくちゃ。

「あ、はい!……でもどうやって…」
「来たときと同じだよ。君が起きようとすればいいだけだよ。」

くすっと笑って目の前を手のひらで覆われる。
起きる…そうか、この響く声を辿ればいいんだ。静かに瞳を閉じて声に集中すると、徐々に声がはっきりとしてくる。



導かれるように目を覚ましたぼくは、傍らに膝をついて声をかけてくれた人を見る。
桜舞う中のその人が愛おしくて、なによりも大切で、微笑むと笑顔で返してくれる。
その向こうに見えるのは仲間たち。そして、ぼくの中にはぼくの未来を信じてくれた存在が在る。
まだまだ未熟な自分を支えてくれるたくさんのものに感謝をして―――ぼくは歩いていこう。


    END

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