Key…



Dearジタン

こんにちは。ミコトです。
今日は相談したい事が出来たので、手紙を送ります。

三日前に私たちがいる村に見たことも無い生き物が来たの。
黒魔道士たちに似ていないことはないんだけど……でも、兄が言うには「黒魔道士達とは根本的に違う」らしいの。
特に悪さをするわけでもなく、きょろきょろ何かを探しているみたい。
このまま村に定住しても私たちとしては構わないのだけれど…何か引っ掛かる。
それで、あなたなら、何かに気がつくかもしれない思って。

時間の都合がついたら、黒魔道士の村まで来て。

   Fromミコト



「……って事だから、ちょっと行って来てもいいかな?ダガー。」

頼む。と顔の前で手を合わせながら、目の前にいる艶やかな黒髪の凛とした顔立ちの女性に向けて頭を下げる。
ダガーと呼ばれた彼女―――アレクサンドリアの現女王、ガーネットは「そうね…」と前置きして返答する。

「国事も今はそう大きなものも無いし、大丈夫よ。行って来て。」

優しい響きの言葉に、ガーネットからは亜麻色の髪しか見えていなかった頭がぱっと上がり、子供のように無邪気な顔が眼に映った。

「ありがとう、ダガー!!」

「でも…ジタン。なるべく早く帰ってきてね。この前みたく、ちょっと行ってくるって言って三ヶ月留守とか……」

「あ、ああ…わかってるよ。大丈夫、様子を見たら帰ってくるつもりだからさ。」

心配無用、と軽く笑ってみせるジタンにガーネットは苦笑いを浮かべた。

(この前も、似たようなこと言って行ったのにね。)

「…ダガー?」

「ううん。なんでもないわ。」

「そっか?……んじゃ、さっそく行ってくるよ。」

「ええ、いってらっしゃい。」

軽くてを振るガーネットを背に、ジタンはしっぽを振って広すぎる女王の間を後にした。
扉が閉まる音と共に、先ほどから何も言わずに立っている側近に話し掛ける。

「何か言いたそうね、スタイナー。」

スタイナーと呼ばれた甲冑を身に纏った屈強な戦士は、その言葉を鍵に、先ほどのやり取りの間我慢していた事をガーネットに抗議した。

「はい!ガーネット様、本当によろしいのですか?
 あの者を城から出したら、当分は帰ってきませんぞ!!
 ……くわえて、いつまでもガーネット様をダガーとお呼びに……」

「いいのよ、スタイナー。
 ジタンは…私は、ジタンを縛るのが嫌なのよ。自由に笑っている彼が好き。
 だから、いいのよ。無事に帰ってきてくれれば、それでいいの。」

「しかし…」

「それに、ダガーって呼ばれて、私は嫌じゃないわよ。
 その名前があるから、今の私があるのだから。」

「いや、まぁ……それは、その…否定しませんが……」

ガーネットの満足そうな顔にスタイナーは言葉をなくす。
こう正面から言われては、返す言葉が無い。

「…わかりました。ガーネット様がそれでよろしければ…」

「ふふ……でも、なんなのかしら……」

「手紙に書いてあったもののことですか?」

「ええ。………何事も無ければよいけれど……」

ガーネットが少し目を伏せたとき、小型飛空挺が飛び立っていく音が窓を通りかかった。

「もうあんな所に…相変わらずすばしっこい奴ですな。」

スタイナーがぽつりとぼやいたとき、扉が慌しく叩かれた。

「失礼します。」

そう早口に告げ、スタスタとガーネットの前に現れたのは、眼帯をした美女剣士だった。

「どうしたのですか?ベアトリクス。」

ガーネットの落ち着いた言葉に、冷静さを幾分取り戻したベアトリクスは先ほど耳にした話を報告し始めた。

「はい。至急ガーネット様にお知らせしたい事が……」



アレクサンドリア城を出発したジタンは、真っ直ぐに黒魔道士の村へ通じる森の前へと向かった。
森の入り口のいつもの場所に小型飛空挺を隠すと、いつも通りフクロウを目印に村へ向かった。そしていつも通り秘密の入り口から村に入ろうとしたが…いつもはないことがこの入り口でおこった。
まどろむ村の入り口に、銀髪の女とも見まごう男性が立っていた。
ジタンはその姿を確認した途端、声を上げてその男のもとへ走った。

「おぉーい、クジャ!!久しぶりだなー!」

クジャはジタンを見ると、ただ微笑んだ。彼なりの挨拶である。

「やぁジタン。どうやら変わりないようだね。」

「ああ。俺はな。
 ……お前は変わったなぁ……」

「仮にも「兄」である僕に対する言葉ではないね。」

ふん、とクジャは顎を上げる。
ジタンは「冗談だよ」と口では言うが、本音はまさにそれだった。
以前対峙していた時のクジャは、肌の露出が高い服だったのに、今はすっかり普通の服だったし、化粧もきついアイシャドウなどがなくなり、普通の薄化粧だった。
そして何より、張り詰めた顔立ちが、ここ半年でずいぶんと穏やかに変化していた。
そんな変化をジタンは嬉しく思っていた。

「…まぁ、いい。
 ミコトの手紙を読んだんだね。予想通り、飛んできたな。」

「ああ、飛んできたし、飛び出してきたさ。
 それは、お前もわかっていただろ?」

だから、こんなところにいるんだ。
最後の言葉はあえて飲み込んだ。言ってしまったらクジャの事、そっぽを向くに決まっている。

「ふん……行くよ。」

だが、言わなくても伝わったのか、せっかく出迎えたというのに、クジャはさっさと村へ入っていってしまった。
ジタンは慌てて追いかけて自分も村へ入り込むと、まどろんでいた村の入り口は、森へと戻っていった。


「おーい、みんな。元気か?」

村に入った早々、大きな声で挨拶をすると、村の住人の何人かがジタンの周りに集まってきた。

「あ、ジタンだ!」

「久しぶり〜」

「こんにちは。」

この村の住人は少々複雑な経歴を抱えている。
一方は少し前まで世界を脅威で包んでいた“霧”をエネルギーとして作られた「黒魔導士」と呼ばれる住人。
もう一方はこの世界“ガイア”と対なす世界、“テラ”の住人であった「ジェノム」と呼ばれる住人。
双方とも、ここに来たときには自己というものが欠落気味だったが、今ではずいぶんと成長したようだ。
ジタンはそんな彼、彼女ら一人一人に挨拶をしているうちに、彼の「妹」が現れた。
ジタンと同じ亜麻色の髪をショートボブに整えた洗練された顔立ちの女性。

「こんにちは、ジタン。来てくれたのね。」

「ああ、可愛い妹の頼みだもんな。」

ジタンの冗談めいた口調に少し眉根を寄せる。まだ、こういった会話を流すことが苦手だった。
それを察したジタンは話題を変える意もこめて手紙に書いてあったことを聞いた。

「ところで、手紙に書いてあった「見た事も無い生き物」ってのはどこにいるんだ?」

「あ、ええと……」

キョロキョロと屋根の上を見回すミコト。つられてジタンも見回す。

「あ、いたわ。あそこ…あっちの屋根の上。
 よく屋根の上に居るのよね。」

「ふーん、あいつかぁ……たしかに、黒魔導士のみんなの親戚みたいな感じがしないでもないな。」

「でも、アレからは“霧”の気配がまったくしないんだ。」

「とりあえず、会ってくるよ。」

ジタンがその生き物のもとへ行こうとしたとき、生き物が屋根から飛び降りてきてジタンの前に音も無く着地した。
じっと、ものめずらしそうにジタンを眺めるその生き物は、陰のような印象を受ける真っ黒な身体に、黒魔導士たちと似ているぼんやりと光る黄色い瞳。そして、その上に触覚のようなものが二本あった。
その生き物よりも半身ほど背の高いジタンは屈んで、生き物と眼の高さを同じにした。

(なんだか、不思議な奴だな…)

ジタンがそう思うと、生き物は目線を外し、じぃ…と、上を仰いだ。

「空が好きなのか?」

ジタンが聞くと、首をかしげた。

「喋れないみたいだよ。」

「言葉は、通じているみたいだけど。」

クジャとミコトの言葉にジタンは「そっか」と小さく返事をし、そのまま基本的なことを聞いた。

「で、コイツの名前は何ていうんだ?」

「名前……?
 …そう言えば、しらないな。」

クジャの一言にジタンは「なんてこったい!」と左手を顔に叩きながら上を向いた。

「おいおい…名前が無かったら、呼びづらいだろ?
 じゃあ、とりあえずオレが決めるぞ。いいな。」

うーん、と腕組みをして頭をひねる。
その生き物は、またじぃ…と空を見上げていた。

「うん、そうだな。コイツの名前はソラだ!
 お前の名前はソラだぞ。とりあえずだけどな…いいか?」

そう聞くと、生き物は納得したらしく、じっとジタンを見つめた。

「よし!じゃあ…ソラ。
 お前、自分が何処からきたのかわかるか?」

ジタンの問いかけに、ソラは首を振った(ように見えた)。
どうやらわからないと取っていいようだ。

「私たちも聞いたわ。でも、何もわからなくて…」

「お手上げ状態って訳さ。だから君に手紙を送ったのさ。」

そういうことか……三人は同じタイミングでため息をついた。
どうしよう?と互いを見ていると、ソラは顔を上げて村の入り口の方へ、向かい始めた。

「ああ、おい!どこいくんだよ!?」

ジタンが止めようと村の入り口を一歩出た時、飛空艇のエンジン音が聞こえた。
しっかりとソラを片手に抱えながら、音の方を見る。

「あ、あれは……」

ジタンの仲間である盗賊団「タンタランス」のメンバーが使用している飛空艇が、ジタンが着陸した所から少し離れた所に着陸するのが見えた。
ほどなくして「タンタランス」のリーダー、バクーがジタンの前に姿をあらわした。

「よぉ、ジタン!」

「バクー、久しぶりだな!どうしたんだ、こんなところに…」

「いやぁ、お姫様にちょいと頼まれちまってね。イーファの樹に行く所だったんだがな、お前がこっちに来てるって聞いてちぃと寄ってみたのよ。」

「イーファの樹?またなんで……何かあったのか?」

ジタンの顔に僅かに緊張が走る。
あの樹に何かがあるとは、世界に何かが起こると同じ事だ。

「いや、まだ詳しい事はわからねぇ……が、なんか変な反応があるらしいんだ。
 城には即動ける奴らがいねぇらしくてよ、調べてくれって俺らに依頼が来たんだよ。」

「そうか……よし、俺も一緒に行くぞ!もともとそのつもりでここに寄ったんだろ。」

「僕たちも行くよ。」

ジタンの言葉にバクーが頷くと、ジタンの後ろから声がした。
クジャとミコトがそれぞれ神妙な面持ちで立っている。

「おう!人数は多いに越した事はねぇからな。」

バクーは二つ返事で了解して大きく笑う。

「私、ちょっと出かけてくるって村に伝えてくるわね。」

くるりとジタンたちに背を向けて村の方へ駆けていくミコト。

「じゃあ、俺達は先に船に乗ってようぜ。」

「なぁ、ジタン…ところで、お前が抱えているその黒いヤツはいったいなんだ?」

飛空挺へ向かいながら、バクーがジタンの小脇に抱えたままのソラを見て尋ねた。

「ん?ああ、こいつはソラ。
 何処からきたのかはよくわかんねぇんだけど……そういや、コイツは村にいた方がいいのかな?」

ソラを地面に降ろして、手を放そうとするが、ソラはジタンの手を放さなかった。

「一緒に行きたいんじゃないのかい?」

「そう…なのか?」

ジタンが尋ねると、ソラはこくん、と頷いた。

「バクー。ソラも連れてっていいか?」

「俺らは別にかまわねぇぜ。」

「じゃあ、一緒に行こう、ソラ!」

ほどなくして、飛空挺がイーファの樹へ向けて飛び立った。





「なんだ……この感じ…」

そう呟いたジタンの眼には、イーファの樹の異変が見て取れた。
見た目はさほど変わっていない。が、なにか変な気配が漂っていた。

「なにが、起こっているの…?」

少し不安そうにミコトが口を開く。

「わからない…けど、これは行ってみるしかないね。」

冷笑を浮かべながらクジャが下船の準備を整える。

「そうだな。
 バクー、俺達が先に降りるから、合図したら続いてくれ。」

「おお、気をつけろよ!」

親指を立てて返事をすると、ジタン、クジャ、ミコトの三人は低空飛行していた艇から飛び降り、全員、鮮やかな身のこなしでイーファの樹の根の上に降り立った。

「さ、て……何処から調べるか。」

ジタンが辺りを見回しながら呟くと、ズボンの裾が引っ張られた。
いつの間にか、ソラがついてきていた。

「ソラ!?ついてきちゃったのか……危ないぞ。」

ジタンの小言を聞いているのかいないのか、ソラはふらふらと樹の最深部へと足を動かす。

「あ、おい!」

「ジタン。ソラの後を追いましょう。」

「…そうだね、足取りに迷いが無いように感じるよ。きっと何か異変と関係がある。」


二人の冷静な一言に、ジタンも頷いてソラの後を追う事にした。
いったいあいつはなんなんだ?
ジタンの脳裏にその言葉がはっきりと浮かんだ。

「なぁ、この樹に何が起こっていると思う?」

行手を阻む太い蔦を断ち切りながら、うまく蔦の隙間を縫ってずんずん進むソラの後を追うジタンは後方にいる二人に尋ねた。
見失わないようにするのがやっとだ。

「少なくとも、もうテラの影響はないはずよ。
 だから、私たちの知らない何かの影響…としか言い様がないわね。」

辺りを警戒しながらミコトが答える。

「とにかく、今はソラの後を黙って追った方がいいみたいだね。」

最後尾のクジャが、先ほどと同じ結論を出した。

「そうだな、それしか―――」

そこまで言って、ジタンの声が途切れた。姿も消えた。

「ジタン!?」

慌てて二人がジタンの消えた場所へ駆け寄ると―――足の感覚がなかった。

「あ―――」

短い呟きと共に、二人の声も姿も下に消えた。

天然滑り台を抜けて辿り着いたのは、樹の最深部だった。
落ちたのは不幸でも、行き着いた先は幸だったようだ。

「うわっと」

「くっ」

「ふん。」

三人は優れた運動能力で地面との激突を避け、怪我なく着地した。

「まいったぜ、イキナリ落とし穴なんて……と、ソラ?」

目線を上げると、一足先に最深部へ到着していたらしいソラが、ぼんやりと一点を見つめていた。

「何見てんだ?どうかしたのか?」

ソラにならって三人が目線を合わせると、同じタイミングで目を張った。
樹に黒い穴―――鍵穴があいていたのだ。

「なんだ、あの鍵穴は……」

ジタンの呟きに、誰も答えなかった。誰も、答えなど持っていないのだ。
淡い光を放っている鍵穴に手を伸ばそうと右手を動かした時、ジタン達が落ちてきた穴から落下の叫び声が聞こえた。

「うわぁ!」

痛ててて…と、ぶつけた所をさすりながら、落ちてきた人物が立ち上がる。
黄色の靴に赤ズボン。四本指の両手に白い手袋。それに大きく黒い丸い耳―――世界一周したジタンでも一度も見たことがない人物(?)だった。

「おい、大丈夫か?」

ジタンの言葉に、落ちてきた人物は答えなかった。
いや、答える前にジタンの後ろを指差して叫んだのだった。

「危ない!!」

声が終わるか否かのところで一寸早く気配を察したジタン達は三方に飛んだ。
見ると、これまた不思議な人物が襲い掛かってきたようだった。
一瞬、ソラが襲い掛かってきたのかと思ったが、こちらはソラより輪郭がはっきりとしていた―――というよりは、簡易的なアーマーを身につけているようだ。

「なんだ、こいつら!」

ジタンが腰のナイフを抜き、戦闘体勢に入る。

「とりあえず、敵…みたいね。好意的には見えないわ。」

ミコトも構える。

「…ソラと似た気配を感じるけど、こっちの殺気はすさまじいね。
 問答無用でいかせてもらうよ。」

クジャの手に氷の塊が生まれた。
三人が体制を整える僅かに時間に、襲い掛かってきた影のような戦士は一体から一隊へ増えた。
―――戦闘開始。

「でりゃぁ!」

団体で来られたら少々苦しかったかもしれないが、幸いにもこいつらには動きにまとまりがなかった。
次々に倒されていく。

「これで…終わりだ!」

ジタンがトドメの一撃を決めると、影の戦士たちは全て霧散した…かに見えた。

「!ソラ、危ない!!」

ミコトの声に横を見ると、影の戦士がソラに襲いかかろうとしていた。
―――間に合わない。

「ソラ、逃げろ!!」

だが、間一髪の所で影の戦士は霧散した。
先ほど危険を教えてくれた人物が一刀両断にしたのだ。

「ふぅ…危なかったね。」

にこりと笑ってソラを見るその人物は、不思議な剣を持っていた。
剣、というよりは巨大な鍵のようだ。
ジタン達が二人のもとへ近づくと、不思議な剣を持つ人物が笑いかけてきた。

「大丈夫?怪我はない?」

「ああ、オレたちはな。あんたは?」

「ははっ大丈夫だよ。ありがとう。
 …ところで、君はどうしてここにいるんだい?」

後ろにいるソラを見つめながら首をかしげる。

「ソラの事を知っているのか?」

ジタンが身を乗り出して聞くと、その人物は笑って、ソラの手を引いて鍵穴の近くへ連れて行った。

「うん、よく知ってるよ。
 今、彼は迷子なんだ。」

「迷子?」

クジャが眉をひそめる。

「そう、迷子。
 彼は、ここにいるべき存在じゃないんだ。」

鍵穴の中をのぞきこんでいるソラに並んで、その人物が穴の中を示す。
ジタンたちも、その上から覗き込んでみるが、よくわからない。

「ほら、あの光が見える?
 あの光の場所が、君の帰る場所なんだ。
 迷わないで行ける?」

ソラは、こっくりと頷いた。

「じゃあ、絶対に光を見失わないで。
 迷わないで…さぁ、行って。」

ひょいっとソラを持ち上げて鍵穴の中へ入れると、その人物は手を放した。

「あ、ソラ!!」

思わず、ジタンは声を上げてしまった。
鍵穴の闇へ消えていくソラ。
が、果て無き闇に光が瞬いた。そこに、ジタン達は一人の少年を見たような気がした。
同時に、少年の口が「ありがとう」と形作ったようにも見えた。

「…無事に帰れたみたいだね。よかった。」

「…ソラは、帰るべきところへ帰れたのか?」

「うん。もう大丈夫!」

「そっか…ちゃんと帰る場所があったんだな、あいつにも。」

ジタン達は、それぞれに視線を交わした。
帰る場所―――帰るべき、家がある―――

「さて、じゃあ僕もそろそろ行かなくちゃ。
 下がって。」

そう言うと、その人物はジタンたちを下げ、鍵のような剣をかざした。
すると、剣の先端に光が集まり、一線を作り出し、鍵穴へ刺さった。
カチャン。と鍵が閉まる音とともに、イーファの樹に突然出現した鍵穴が消えていった。

「な、何だ?何をしたんだ??」

次々と起こる展開に、ジタンは混乱を隠せずにいた。
他の二人もほぼ同じ状態らしく、鍵を閉めた人物をじっと見つめた。

「うん、あれはね、世界の鍵を閉めたんだ。」

「世界の鍵?」

「うーん、話せば長くなるんだけど…
 まぁ、とにかく、世界の中心へつながる大事な鍵穴だったってことかな。」

「世界の、中心?」

「うん、その世界を形作る大事な部分だよ。
 ……さてと、僕もそろそろ行かなくちゃ。」

「あ、おい!待ってくれよ、それじゃ全然……それに、あんたは何処からきたんだ?」

あっさり説明して、去ろうとした人物を呼び止める。
が、振り返った人物の笑顔でその呼び止めは強制シャットアウトされてしまった。

「ゴメンネ、それは秘密なんだ。
 それじゃあね。気をつけて帰ってね!」

そう言い残して、謎の人物は落ちてきた穴を登っていってしまった。
残された三人は所在無い質問を宙ぶらりんにして、互いの目を見た。

「ソラといい、あいつといい…なんだったんだ?けっきょく……」

「わからない…けど、あの変な気配も消えたし、何事も無く終わったみたいだから…」

ジタンの呟きに、ミコトが力なく答える。

「……気にするだけ、損なのかもしれないね。」

クジャの少し意外なアバウトな言葉に、ジタンは息を吐いた。
クジャとミコトの言う通りかもしれない。結果的に大事にならなかったのだから、気にするだけ損だ。

「そうだな。終わったんだからよしとするか。
 じゃあ、上に戻ろうぜ!バクー達が待ってる。
 ソラも無事に帰れたみたいだし!俺たちも、早く帰るべき所へ帰らないとな。」

底抜けに明るい笑顔を兄と妹へ向ける。
その笑顔を向けられた二人は、穏やかに笑う。

「……帰るべき所、か…そうだね。

「そうね、帰りましょう。」

三人は、並んで、先ほどとは違う道のりで飛空艇へ戻っていった。
飛空艇が空高く舞い上がると、待機していたバクー達に、ジタンが最深部での出来事をかいつまんで説明をした。
バクー達も、ジタン達と同じく「何も無ければ、それでよし。」といった結論に達した。
世の中には、不思議な事が満ち溢れている。だから、分からない事の一つや二つ、あってもいいのだ。



「でも、帰る場所があるっていうのは、いいものなんだね。」

艇を降り、タンタランスのメンバーを送り出し、村まで後数分といった距離で、クジャが果てなく広がる空を見上げながら横に並んでいる二人に向けて呟いた。
ミコトは、同じことを思ったのか、微笑んだ。
ジタンは嬉しそうに笑いながら、言葉を返す。

「そうだろ、いいもんだろ!!」



帰る場所があるから、冒険に出かけようと思う。
帰る場所があるから、必ず戻ろうと思う。
帰る場所があるから、安心できる。

その事を実感できただけでも、ソラとこの小さな冒険に感謝かもしれない。
そう思う三人だった。

黒魔導士の村が、夕日を浴びて優しく輝いていた。


   END

書棚へ戻る