行きつく先なんて見えないけれど…



全身の血が沸騰したかのように熱く、それに伴って意識も朦朧とする。
悔しいと思いながらも、ホープは身体の欲求に従うしかなかった。

「ホープ!?」
「やだ、すごい熱!」
「やっぱ、まだ本調子じゃなかったのか?」
「もしくは、召喚獸の影響か?あたしらは何ともなかったけど…」
「ホープは俺らの中でも魔力が飛び抜けてる分、違った影響があったのかもしれねぇな…父ちゃん、詳しい事はさっぱりだけどよ」
「あと二、三時間後には日が暮れる…いずれにせよ、今日は此処で野営だな」
「じゃあ、あたしとファングで薬草取ってくるよ!さっき歩いてるときに熱冷ましに使えるのを見つけたんだ!」
「んじゃ、俺とスノウで食料と水を調達してくるか。姉ちゃん、見張り頼むわ」
「わかった」

倒れた己を取り囲む仲間たちの声を薄れゆく意識の中で聞きながら、額に触れた細くひんやりとした指先の心地よさにホープは完全に意識を手放した。




ポーションやケアルは怪我を癒やすが、病を治すことはできない。

「あれほど恐れられているルシも、やはり人でしかないということか」

大葉の皿に剥き終えた果物を並べたライトニングは深い渓谷の隙間から覗く空を見上げて一人呟く。
正確な時計など存在しないグラン=パルスだが、一日の長さはコクーンのそれと大差ないように思えた。
空の色と影の伸び方から日暮れまであと一時間ほどと読み取り、程なく必要なものを調達しにいった仲間たちも戻ってくるだろうと思ったところで傍らで眠っていたホープが身じろいだ。

「起きたか」
「ライトさん…僕は……?」
「熱を出して倒れた……気分はどうだ?」

ライトニングはあまり感情を表に出すタイプではないが、その瞳に仲間を気遣う色を見つけてホープはゆっくりと身体を起こした。

「まだ少しふらふらしますが……大分楽になりました」
「そうか……スノウとサッズがリンゴを見つけてきてくれたから剥いてみたんだが、食べられそうか?」
「あ、はい。いただきます」

リンゴと呼ばれた赤い実はコクーンでも一般的な果物で、未知の食べ物が多いグラン=パルス内でライトニングたちが問題なく食べられる貴重な食料の一つだった。

「他のみんなは…?」
「ヴァニラとファングは薬草を取りに行った。サッズとスノウは一度戻ってきたが、二人の手伝いをすると言ってさっきまた出て行った」

ライトニングから手渡された大葉の皿に並べられたリンゴを見て、ホープは軽く目を見はる。
通常なら皮付きか、皮を全て剥いてしまうのに目の前にあるそれは皮に切れ込みを入れてウサギの形に飾り切りされていたのだ。

「その…熱がある時はこれだと思ったのだが…」

普段の毅然とした物言いとはまったく違うライトニングの言葉には様々な意味が込められていた。
それは自身の幼い頃、熱を出したときに母が今日は特別とこの形にしてくれて嬉しかった事だったりするのだが一番前面に出てるのはその形についてだった。
記憶を辿り、挑戦してみたがどうも不格好だ。
密かに渋面するライトニングだったが、ホープはそれについては一切触れず、ライトニングに笑みを向けた。

「母さんも、熱を出したときこんな風にリンゴを剥いてくれました」
「そ、そうか…」

嬉しそうにリンゴを食べ出したホープに、ライトニングは人知れず胸をなで下ろした。

「僕、ルシになる前はそんなに身体が強い方じゃなくて……よく熱を出してたんです…情けない話ですけど」
(…やはり根本的な体力の差が出たのかもな)

ホープがその身に眠っていた力―――召喚獸を受け止めたのがつい昨晩の事だ。おそらく今朝から無理をしていたのだろう。

(今思えば、顔も赤かったし、どこかぼんやりしていたな)
「ライトさん?」

黙って考えこんでしまったライトニングを不思議に思ったホープは声をかけるが、ライトニングは何も言わずその頭を撫でた。

(気付いてやれないなんて、情けない)

パルムポルムで守ると宣言したものの、肝心な時に手が届かないのでは意味が無い。
セラの時のような思いはもう二度と味わいたくない。
この子の名前が曇らぬよう、私にできる事全てを賭けて守るという誓いは今も揺るがない。
だが、頭を撫でられた当の本人はその思いには気付かないようで、しばらく疑問符を浮かべた後にしゅんと目を伏せてうなだれた。

「……すみません、皆さんにご迷惑ばかりかけてしまって…」
「謝るな。誰も迷惑なんて思っていない…早く本調子に戻ってくれるのが何よりだ」

ホープの頭に乗せていた手を顎に移し、そっと上を向かせて視線を合わせる。
目と目が合った瞬間、ホープは悟る。
ああ、やっぱりこの瞳にはかなわない。

「……はい」
「リンゴ、まだ食べられるか?」

ホープが頷いたのを見て、ライトニングはもう一つリンゴを手にして同じように飾り切りをしていく。
その横顔があまりにも真剣だったため、ホープは思わず微笑んでしまった。

「こら、笑うな」
「すみません」

強くて、近寄りがたいほど凛とした冷たい印象とは裏腹に不器用な優しさを持ち合わせているこの人を守りたいと言ったものの、まだまだ自分は守られてばかりだ。
そう思うと歯痒くて仕方がないが

「まったく…その分なら、心配ないな」
「はい、明日の朝には全快してみせます」

自分が前を向くことでこの人が微笑んでくれるのなら、もう迷わない。
理不尽な運命の中でこの胸を貫いた一筋の光は、消えることのない焦がれる想いへと変わっていた。

「…ライトさん」
「何だ?」
「僕、きっともっと強くなってみせますから」

心も身体も。あなたを守れるように。

「ああ、頼りにしている」

声にならなかったホープの決意を知ってか知らずか、ライトニングは薄く笑みを浮かべるとナイフとリンゴを置いてもう一度くしゃりと頭を撫でた。

「ほら、追加だ」

ずいっと差し出されたリンゴをホープは素直に受け取った。
黄昏ゆく空の下、初めて愛しいと想った人の隣で少年の心は確かに暁を夢見ていた。



   END

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