<いつの日にか>


小さい頃は本当によく泣いていた



ボクは思い返す



いやボクだけじゃない



それは兄さんも同じだった…と思う





いつの事だったんだろう
雨が降っていた
家の中でかくれんぼ
オニは兄さん
ボクはこの鎧の中に隠れた


まではよかったんだけど



出られなくなった



「おおぃ、アルぅ〜、何処に隠れたんだよぉ」
兄さんの声が近くまで聞こえてきた時
ボクは大声で泣いた



「なんだよぉ、せっかくのかくれんぼが台無しじゃないかぁ。」
そう言って鎧の体の部分を外してくれた兄さん

「ほら、手、出せよ。」
そう言って笑いながら差し出してくれた手



とても温かかった…






「じゃあ、今度はボクがオニだね」
そう言って兄さんの方を見ると


「ああ、そうだな」
と返事が返ってきたにもかかわらず
兄さんはその場から動こうとはしなかった。



どうしたんだろう…


「ねぇ、兄さん、かくれんぼ、もうやめる?」
「ん〜〜〜、どうしよっかなぁ」



「やっぱりやる!!」
「じゃあ…」


ここで数を数えようと
柱のところまで行こうとしたボクに向かって


「アル、ここからは出ようぜ」
「え〜〜〜、見つかった場所から始めるんじゃないのぉ」

「だってここは…」


そう、父さんの部屋だもんね
勝手に入ってしまっちゃったボクが悪いんだけど
兄さん、あまり父さんのこと話したくないらしいから
たぶん部屋に居るのもイヤなんだろうね


「じゃあ、廊下まで出るね」
「ああ」



そう返事が返ってきたものの
ボクが部屋から出た後
兄さんが続いて部屋から出てきたような雰囲気はなかった



「い〜ちぃ、に〜いぃ〜、」
大きな声で数を数えている間も
雰囲気は感じられない
いや
ひょっとして兄さんの場合
気配をうまく消しているだけかもしれないんだけど



「じゅ〜う、もぉ〜いい〜かぁ〜い♪」


返事がない
当然だよね
声出すと見つかっちゃうもん


さて、探そう
と思ってふと気づいた


まだ開いている父さんの部屋の戸
完全じゃないけども、わずかに開いている
ひょっとして、兄さん、まだ居るんだろうか???



隙間からこっそり中を覗いてみる
薄暗い部屋の中
らしい姿は見あたらない
ひょっとしてもう居ないのかも


その時
かさっ
と小さな音が聞こえてきた


やっぱり居る、みたいだ



気づかれないように
と静かに戸の隙間を少しずつ広げる



あ!




兄さんは木製の本棚の近くに立っていた
辺りにはうっすらと白くほこりを被った本が沢山並んでいるようだった
その中から選んだのか
兄さんは一冊の本を両手に持ち、開いていた


さっき一瞬聞こえたのは
この本の頁をめくる音


かさっ
かさっ

本をめくる音だけが続く



それだけかな、と思っていた時




ぐすりっ
鼻をすする音が聞こえたような気がした

最初は聞き間違いかなと思った
でも違っていた



だんだんと本をめくる音がしなくなり
同時に
すすり泣く兄さんの声だけが聞こえてきた
同時に何かつぶやいていたようにも聞こえたが
それが何だったのか、ボクには分からなかった


静かに泣く兄さんの声


外は雨
時折ばらばらっと硝子の窓に当たる音
土にぱたぱたと落ちる音


兄さんの声は
そんな雨の中でも
しっかりとボクの耳に届いていた


ひょっとして
その時泣いていたのは
兄さんだけ…だったのでは
なかったかもしれない




何を見ていたのか
ボクはあの後からずっと兄さんに聞けずにいる
きっとあの時
扉の向こうに行くことができなかったのは
これまでの兄さんの行動から
怖かったからだと
ボクは思い返す




兄さんは
父さんの話になるといつも怒り出す



どうして、ねぇ、どうして?



「あいつは母さんを放っておいて、突然この家から居なくなったからだ」



そう一度だけ聞いたことがある
いや、一度…だけじゃなかったっけ
話さえしてくれないでいきなり怒り出すこともあって
その度にボクが泣き
母さんになだめられたこともあったから
聞いた回数を思い出すのは難しいけど

あんまり話してくれなかったな



父さんはボクの記憶のある限りでは
写真の向こうの人だった
だから
この家から居なくなったのは
本当に小さい頃だったんだろうなと思う

兄さんにとっては
ひょっとすると何か
記憶に残るものがあるのかもしれないけど


いつもの繰り返しから
なるべくボクは兄さんに向かって
父さんの話をしなくなっていた…



だけども
ボクは時折思うことがあった
ああは言うけど
ボクは兄さんが本当に
父さんのことを嫌っているようには思えなかった
思いたくなかった、という気持ちがあったからかもしれないけど



それが
あの時の兄さんの姿を見て
ボクは確信した

そう
本当は悲しかっただけだと思う
それを怒りという感情に変え
兄さんはボクの前で
「兄」を演じてくれていた



誰だって
本当に側にいて欲しいという人が
いなくなることを悲しまない人はいない



そうボクは思う



だから
あの時ボクは誓った
小さなボクだけども
今日から少しだけしっかりしなくちゃと
その積み重ね
少しずつ、少しずつ
それがだんだん大きくなって


いつの日か
ちゃんと
兄さんと向き合って
父さんのことを聞くことができるようにと






「なぁ、アル、れんきんじゅつって知ってるか?」
あの日から数日経ったある日のこと
ボクは兄さんからいきなりそんなことばを聞かされた

目の前で
丸い円と何か分からない記号を書き始めた兄さん
真ん中には近くにあった木の枝と庭の土
それを置いて
両の手を円の前に置く
青い光がぱちっと目の前を一瞬光る


「あっれぇ、おかしいなぁ。」
「ねぇ、兄さん、これ何?」


円の中にあるのは
丸く固まった土
木の枝がそれに刺さっていた。


「いや、これでおもちゃでも作ろうかなぁなんて思ってたんだけど」
「これで???」

目の前にあるのは
どう見ても手で作った方が早いような代物

「だっからさ、これでいろんなものを作り出すことができるんだよ」

そう言って兄さんに手を引かれて
ボクは再び父さんの部屋に入ることになる

「ほら、これだよ」



そう言って渡された一冊の本
それが




ボクと兄さんの「錬金術」の始まり









淡い紅色の花の下
ボクはずうっと昔のことを思い出していた

楽しかったこと
嬉しかったこと
悲しかったこと
痛かったこと


今となっては全てが思い出の中

ボク
アルフォンス・エルリックという
「魂」の記憶の中




花びらがひらり
またひらり
空から落ちてくる

その様は
とても綺麗で
どこか切なくて


涙は流せないけれども
ボクは泣きたくなった…



ふと
すぐ傍らにばっちゃんの姿があった
たばこの白い煙が漂ってくる中


「ねぇ、アル
 旅は辛くないかい」

そう話かけてきた




「ううん、全然
 すっごく楽しいよ♪」

ボクはそう答えた
本当にそうだったから


そりゃ
時折、というかほぼ全部
行き当たりばったりの兄さんの決断には
うんざりもする

だけど先の見えない旅だから

次はどんなところ行くんだろう
そんなことを列車の中で考えながら
窓を眺める景色を見るのは楽しい

ボクは食べられないけと
おいしそうな顔をしてご飯食べてる兄さんの顔を見るのは嬉しい

この姿だけれども
兄さんがうまく取り繕ってくれるおかげで
街や村でいろんな人と話せるのは楽しい

そして
「軍の狗」と呼ばれる国家錬金術師になってしまった兄さんと
一緒にいることで悲しい思いもすることもあるけれど
自分達で学んだ錬金術によって
人に感謝されること
それが何より嬉しい…


「時々野宿することもあるんだ
 でも以前先生のとこで修行した時に
 そんなことがあったから…ね
 心配しなくていいよ、ばっちゃん」


最初は
もう死ぬぅなんて感じだったあの修行
たった二人きりの一ヶ月
でもどうにかなるもんだということも学べた
もちろん修行の目的は別にあったんだけどね
ただ、なんとかしたい
生きていたい
そう思うだけで開ける道がある


それが今となっては
二人で続ける旅の大きな自信になっている
そうボクは思っている


「そうかい
 それはよかったよ」

ばっちゃんの声は
とても優しかった
普段のぶっきらぼうな
あの雰囲気とは何処か違う


どうしたんだろ…


「ねぇ、アル」


「?」


「どうせエドに話しても
 素直に聞いてもらえないだろうから
 おまえにお願いしておくね」


「うん」



「おまえ達の住んでいた場所」


「?」



「ずっとあのままにしてあるんだよ」



「誰も手をつけようとはしない
 いや、つけさせずにいるんだけどね
 アタシがね」



「どうして?」



「おまえたち、ずっと旅をしていくつもりかい?」



「う〜〜ん…」



どうなんだろう
今はただ夢中に走っているから分からない
というか考えたこともなかったけど
先のことなんて…



「いつか帰ってくる人を待っている
 あの場所はそうだとアタシは思う
 だから…守っているのさ
 あの場所を」


「だって、もうあそこにボク達の家はないよ」


「ないものは作ればいい
 おまえ達にはその力があるだろう」


あ、そっか


でも、兄さん
なんて言うかなぁ


「さて、アタシの料理の味はウィンリィに教えておくことにしようか」


え?
そ、それって


「でも、まだまだ先の話だよ
 ばっちゃん、そんなに急がなくても」

「って、アル
 何をそんなに動揺しているんだい」

いきなり笑い出すばっちゃん
でもその後
ボクの方を向いて
真剣な目で語り始めた


「アタシの寿命は
 この桜の木よりも短いよ
 だから、おまえ達が本当にここへ帰ってきた時に
 ここにいるとは限らないんだからね

 かといって
 おまえ達の意志を
 無理にでも変えようなんて思っちゃいないよ


 ただ…ウィンリィのことだけがね
 心配だからさ


 せめて昔から仲のよかった
 おまえ達が近くに居てくれる
 それだけでもいいんじゃないかと思ってね


 まぁバカな考えだと思って笑っておくれ」


「そんなことないよ、ばっちゃん
 ウィンリィが今まで元気でいられたのは
 ばっちゃんがずっと側にいたからだと
 ボクは思うよ」


だから
ばっちゃん
頑張って…
そう無理も言えなかった
いつかはくるその時
それは誰にも変えることができない
止めることができない


それを変えようとした結果
ボク達は自分の家を焼き
旅を始めたのだから



「でも、どうしていきなりばっちゃん
 そんな話をボクに聞かせたりしたの?」


「ああ、それはね…」




「この桜だよ」



「この木が何か???」



「さっきも話しただろ、この木は
 この村一番の古株だって


 ここ数年ね
 だんだんとこの木は
 花を付ける量が減っているのさ


 今年はどうしてだか
 花の量が多い
 ひょっとすると
 おまえ達が帰ってくるのを知っていたのかもしれない
 何せ自然っていう大きな流れの中の一つだから
 気配を感じるのかもしれないね


 だけども
 この木は確実に老いていくのがアタシには分かる
 ずっと過ごしてきた木がだからね」


「ばっちゃんも木登りとかしたの?」

「ああ、子供の頃はね」

今はもう登ることのできないその木を見上げつつ

「だからね、いざという時は頼んだよ、アル」

「うん、兄さん引っ張って帰ってくるね」


ばっちゃんはあっはっはと笑いつつ

「まぁ、そんな簡単にくたばるアタシじゃないけどね」
と答えた


ひらひらひらひら
花びらが頭上に降ってきたその時


「よ、アル
 一人にして悪かったな?」

「あ、兄さん、お帰り」

木登りに上がっていた兄さんが降りてきた
後にウィンリィが続く


「どうだった、木のぼり」

「今度は一番上まで登ったよ
 街全体が見えてすっごく綺麗だったよ」

「さすがに子供の時とは違うからな」

「あんたの場合、身長だけは…」

「ああ、ウィンリィ、その先を言うと…」


「だ〜ぁれがウルトラスーパーどちびだってぇ」


「ああ兄さん、自分から墓穴掘らなくても」


おろおろするボクの前で


スパーンという音
「に、兄さん…」
うにぃ〜と倒れている兄さんにかけよるボク

「ああ、よかったぁ、生きてるよぉ、兄さん」

「これでちょっとは静かになるわね」

「ねぇ、ウィンリィ、花見にまでそんなもの持ってきてるの」

「まだ様子見の段階だったからね
 それに…これはレディの嗜みよ♪」


………普通、工具セット一式ってそういうものなのだろうか………





空と大地の境目の部分が
淡い紅色に染まっていく


「さて、そろそろ宴もお開きにしよう」

ばっちゃんが家に向かって歩き始める


「アルもエドも今日は泊まっていくんでしょ
 夕ご飯、いつものだから」

「奇蹟のあれかぁ」


ふらふら〜っと立ち上がる兄さん
歩きだそうとして…


ばたん
その場に倒れる


「あれ?
 そんなにダメージないかと思ってたんだけど」

「ウィンリィのせいじゃないよ
 帰ってきてメンテうけて
 きっと疲れてたんだと思う」


「もう、しょうがないわねぇ」

と言って起こそうとしたウィンリィを止める

「兄さんには言わないでね」

そう言って兄さんの肩に手をかけて

「よいしょっと」
と静かにボクの肩におぶる


「じゃあ、ウィンリィ、帰ろうか」

「そうね」


バスケットを持ち歩き始めたウィンリィの姿を見つつ
ボクはもう一度桜の木を見上げた

黄昏色の太陽の光のせいか
花びらの色は
昼間見た色よりもさらに赤みがかったように見えた



いつの日か
ボクはもう一度
この木に登りたい
本当のボクの体で
本当の兄さんの手と足をで
一緒に………



だからその時まで
どうか元気でね


子供の頃果たせなかったことを果たす為に



それがボクの旅を続ける理由




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