決意への軌跡
最初の僕の世界は本棚に囲まれた世界だった。
そこから一歩でも外に出ると、そこは世の中と言う名の虚像でしかなかった。
だって、そこでの僕は僕でないから。
「なぁ、聞いたか?王子には法力が無いって。」
「ああ。魔力持ちだってな。」
「でも、良く出来た王子だってとも聞いたわよ。」
「そうは言っても…ここは法力国家だ。法力を持たない王なんて前代未聞だぞ。」
「しかし、王子は国王の幼き頃と瓜二つではないか。」
「だが、法力ではなく魔力を持った王子に国民は少なからず不信感を持っておりますぞ。」
だって、誰も僕を見てくれないから。
国民も、神官たちも、父上でさえも。
だから世の中の僕は僕じゃないんだ。
「シオンはどこだ?」
「書庫でございます、国王。」
「そうか…最近シオンは本ばかりを相手にしておるのぉ…」
書庫は僕が僕でいられる唯一の場所。
だから、ここが僕の世界なんだ。
それに、この世界はたくさんの知識が溢れている。知りたいと思ったときは本を読めば全て知ることが出来る。
もっともっとたくさんの事を知りたい。ここは僕の楽園。僕だけの楽園。誰にも踏み荒らされない穏やかな世界。
「王子の魔力が暴走!?」
「神官に連絡を!我々だけでは対処できん!!」
「王子、お気を確かに!!」
……僕の世界にたくさんの雑音がする。
うるさいな。こっちは大変な事に気づいて頭の中がぐちゃぐちゃなのに。
とにかく、この状態を考えなきゃ。ああ、でも…考えることも怖い。怖いんだ。あまりに大きな力だから。
とにかく、静かにしてよ。
「どうしてこんな事態に…!?」
「シオン!!」
……この人たち、僕のことを考えてるの?じゃあ、聞いたら答えてくれるかな。
「…僕は何故知りたいと思うんだ
何故学ぼうとするんだ
魔法を学ぶコトがこんなにもとてつもないコトだったなんて
宇宙…カオス…無限の情報…
これらの様々な領域に深く踏み込まなくてはならない―――
知れば知るほど恐ろしくなる…なのに…なのに…
僕は何故知りたいと思う…自分が…わからナイ…」
「?王子は何を言ってるのだ
さっぱりわからん」
「これだから魔法使いは好かんのだ…」
「シオン!勉強のしすぎで疲れてるだけだ」
…………なんだ。けっきょくダメじゃないか。音が、邪魔だな。楽園を踏み荒らされる音が。
永遠に続く螺旋階段みたいだ……コタエガワカラナイ。
ああ、でも一つだけわかる。もう、僕が僕でいられるものは崩れてしまったんだ。
「あ、危ないですよ!!」
…うるさいな。お前らに何がわかるんだ。今までが音を立てて崩れる感覚がお前らにわかるか?
あまりに大きくて深く、恐ろしい領域を見た恐怖がわかるか?
あっちにいってろ。頭が割れそうだ。どうせ……
「お前は、知るコトを知るために学んでいるのだな。」
そいつは、虚構でしか無かった世の中から僕の世界を再建させた。
そして、再建された僕の世界に、そいつが加わった。そいつの傍も僕の世界になった。
そいつと会うこと、話すことは、僕の世界の一部になったんだ。
ああ、随分と視界が広がったと思う。虚構だったものに輪郭が見える。
世界の外も捨てたもんじゃない。そう思った矢先にあの子と出会ったんだ。
傷を見ただけで泣いた子。泣いたと思ったら、すぐ笑ってた子。
どこかの本で圧倒的存在の事を光と比喩していた。
そう、その出会いは俺にとって一条の光だったのかもしれない。
いや、光だった。モノクロの輪郭に色を見せてくれた光。
……あいつが残した、光。
「俺が帰ってこなかったらあの子を守ってくれないか」
「ザードがいつも言ってる子か?
―――うん、守る。命にかえても守るよ。」
「…シ……ン…シオ……シオンってば!」
「うわぁ!!!」
イキナリ耳に入り込んできた大声に、俺は飛び起きた。
その拍子に手を掠めた朝露の冷たさに、野宿をしていたことを思い出した。
「やっと起きたぁ…もう、いっくら呼んでも目覚まさないんだから。」
「ウリック…鼓膜が破れるかと思ったぞ。もう少し静かに起こせ。」
少し膨れた顔のウリックに半目状態で文句を言う。
おそらくウリックは理解していないだろうが、こういった起こし方は脳や心臓にショックを与えるので好ましくない。
そして、鼓膜の意味もわかっていないだろーな、こいつは。
「だって、シオンってば全然起きないんだもん。
……もしかして、まだ基盤の神殿での傷が痛むの?」
本気の心配顔に、思わず言葉を詰まらせた。
痛まないと言ったらウソだが、そこまで酷いものでは無い。
俺様は無意識に左手首に張り付いている水晶を一瞬見ると、不敵な笑顔を向けた。
「んなわけねーだろ、このシオン様が!
ちょっとおねぼーさんしただけだい。」
俺様がそう告げると、ウリックは少し安心したように顔を緩めた。
ホントに、くるくる表情が変わって忙しい奴だ。
「そっか。」
「ん?レムはどーしたんだ?」
いつもならけたたましく会話に参入してくる妖精の姿が見えないことに気づいた。
俺の質問にウリックは「ああ。」と呟くとそのまま口を動かした。
「うん、先に町に行って様子を見てくるって。」
「そうか。よし、じゃあとっとと出発するぞ。
俺様腹が減った。ウリック、早く荷物をまとめろ。」
立ち上がりながら掛け布団代わりに使っていたマントを羽織ると、杖を向けて指示した。
何か言いたげだったが、結局何も言わずウリックは手早く荷物をまとめると俺と並んだ。
「レムもきっと待ってるね。」
数分歩いたところでウリックがそう口にした瞬間、道先にぼやっと漂うものが見えた。
「あ、レムだ!」
まごうことなく旅の連れの妖精の元に駆け寄るウリック。
ったく、本当にせわしない奴だな。俺様は歩くぞ。
……でも、ウリックがいなければ、きっと俺の世界は味気ないものだったろうな。
空に太陽は無く、風を感じることも無く、様々な命に触れることも無く、他人を信じることも無く…線画の世界に漂う砂のような存在としか見てなかったかもな。
「シオン、早く早く!もう町が見えるよ!」
「はいはい。」
もう、ウリックがいない世界なんて、なんの意味もない。
その笑顔のために、俺はあいつに頼まれてなくったって命にかえてもお前を守ると誓っただろう。
それがきっと、俺の生きた軌跡にもなる。これだけは誰にも譲れない。譲らない。
たとえ何があっても―――守る。
―――――西のイビス到着まであと5日―――――
END
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