「………大河、そろそろ放せ。」
「いやです。」
珍しくはっきりとした否定の言葉と共に腕にさらに力をこめる。
「もう少し、このままでいさせてください。」
それでも、本気の力一杯ではない相手を目一杯気遣う力加減だから、昴が放れる気になれば容易く振りほどけるのに昴は動かない。
それを肯定ととった大河は、素直にこの幸せな時間を味わうことにする。
後ろから抱きしめているから昴が今どんな表情をしているかはよく見えないが、優しいものだといいな。と思う。
(やっぱり、ぼくの幸せには昴さんがいなきゃダメなんだ。)
じわじわと湧いてくる安堵感に大河はまた少し腕に力を入れる。
「…ねぇ、昴さん……」
「……何だ?」
「生きて、一緒にいられるって…こんなにも嬉しいことだったんですね。」
つい半日ほど前の死闘を思い起こす。
あの戦いで感じた気持ちはどれも本物で、とてつもない痛みを伴うものもあったけれど、その分今の幸せを大きく感じる。
「……そうだな。昴も改めて感じたよ…僕はここにいたい、と……
………で。大河、そろそろ本当に放せ。僕たちにはこれからやるべき事が山のようにあるはずだ。」
「…わかりました。」
ぽんぽん、とあやすように昴の肩の辺りで交差させていた手を叩かれた大河は名残惜しそうにゆっくりと昴から放れる。
完全に離れたと同時に昴が振り向き、その動きの延長としていつの間にか手にしていた扇で大河の顔を打つ。
「あいたっ!?何するんですか、昴さん!」
「何となくだ。」
「そ、そんな理由は無いですよ…」
「黙れ。君が引き止めるから着替えていないのは僕たちだけになってしまったじゃないか。」
「う……す、すいませんでした…」
少しばかりヒリヒリする額をさすりながら、大河はしゅんと項垂れた。
いつもの、よく見る表情。
大河の不意の行動に昴は不覚にも心を乱され、抱きしめてきた彼の表情を確かめることが出来なかった。普段はなかなか見せない顔をしていたのだろうか。
「まったく…人がチャンスを与えているときに気づかないくせに……」
扇で口元を隠して大河には聞こえないように呟く。
「え?なにか言いました?」
「いや、なにも。じゃあ僕は先に行くよ。」
それでも聞きつけてくる大河に昴は努めて素っ気無く返すと、心持ち早足で歩き出す。
「えっ、あ…待ってくださいよ昴さ〜ん!」
慌てて追ってくる気配に、昴はサニーサイドが先ほど口走っていた勝利記念を兼ねたニューイヤーパーティーではもう少しマシな段取りをつけようと決意した。
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