ネオンの唇が今日の輝きを終え、劇場が明日に備えるための時間になると残っているのはごく少数になる。

「プラム、まだ帰らないの?」

いつもならこの時間は無人になっているドリンクバーに今日はまだ主が残っているのを認めて、ラチェットは足を止めた。

「あら、ラチェット。あなたもまだいたのね。」
「ええ、今日中に片付けておきたかった書類があってね…今終わったところよ。」
「ね、それじゃあ少し付き合ってくれない?ちょうどクリスマスカフェに出す飲み物を考えてたのよ!」

自信たっぷりにウインクするプラムに、ラチェットは微笑んでカウンター席に腰を下ろした。
間を置かず出されたマグカップには湯気を立てているきめ細かいミルクの泡の上にバランス良くチョコレートの星が散りばめられている。

「これ、ソイミルクなの。この星形の薄いチョコレートを好みの量浮かべて溶かすのよ。どう?」
「…甘くてとってもおいしいわ。きっと大人気ね。」

頬杖をついてこちらを覗きこむプラムにラチェットはにっこりと笑うと、プラムはきゃっふ〜ん!と声を上げて手を叩いた。

「ありがとラチェット!じゃあこれは採用ね。」
「がんばるわね。」
「ま、ね…出来る女ってのは努力も怠らないものよ。」

いつもより少し落ちたトーンにラチェットは首を傾げる。

「でも男運には恵まれないものなのかしらねぇー」
「どうしたの、突然?」

さらに続いた言葉に、今度は訊ねるとプラムはちらりと辺りを見渡してから静かに目を閉じた。

「んー…言っちゃおうかな。あたしね、失恋しちゃったの。」
「えっ……?」

変わらず目を閉じたままのプラムをラチェットは驚きを持って見つめる。

「ずっと好きだったんだけど、彼にとってあたしはただの幼なじみで…もうじき結婚するって言われちゃった。」

ゆっくりと目を開けて自嘲気味に笑うその様子に先日のセントラルパークでの質問は酷だったかもしれない。とラチェットは今更ながら反省する。

「そう、だったの…」
「でも、タイガーのおかげで嫌な女にならなくてすんだわ。」
「大河くん?」

そのまま失恋の愚痴になっても付き合おうと思っていたが、意外な人物の名前が出てきたので目を丸くしてしまう。

「偶然、その時通りがかってね…話、聞いてもらっちゃった。タイガーは、いい子よね。」

落ち込んだけれど、立ち直りかけていると目で語るプラムにラチェットは、心配と気遣いで揺れる瞳で見つめる大河の顔を思い浮かべてしまう。その様子がありありと見えてしまう。

「そうね…」
「あたし、本気でタイガーのこと考えちゃおうかな。」

軽い呟きだったが、ラチェットの表情が一瞬固まったのをプラムは見逃さずに肩をすくめてみせる。

「……冗談よ。ラチェットはあたしみたいになる前にちゃんとアピールしなさいね。」
「プ、プラム…何を……」
「結構わかりやすいわよ、あなた。」

何をどう意味でわかりやすいのか、あまり聞きたくない気がしたラチェットは程よく熱気が引いたカップの中身を一気に飲み干すと、ごちそうさまと席を立つ。

「……前にも言ったけど、今は仕事が優先よ。」
「んもう、そうやって言い訳してると誰かにさらわれちゃうよ?タイガーはいい子だけど鈍感くんなんだから。恋も仕事も両立させるつもりじゃないと本当に置いてかれちゃうのよ!」

半分自分に言い聞かせるように拳を握りしめながらずいっと顔を寄せてくるプラムに「肝に銘じておくわ」と逃げるように告げてラチェットは足早に楽屋口へと向かっていった。
残されたプラムはやれやれとため息をつく。

「ラチェットは高嶺の花だと思ってみんなアタックかけないから意外と奥手なのよねぇ…ここは、やっぱりプラムさんが一肌脱いであげるべきかしら。」

お節介は自分の性分だ、とプラムは結論づけてドリンクバーの灯りを落とした。

翌日、珍しく昼間から温泉に入ろうとしたラチェットにタオルを届けた帰りに、大河がシアターに書類を届けに来たのを見かけたプラムはお節介を早速実行するべく、スパゲッティをトレイに乗せて屋上へと向かった。

「さて、アクシデントは起こるかしら?」



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