「……じゃあ、僕はこれで失礼するよ。」
素っ気無い、というよりは覇気が無い一言を残して昴は楽屋を後にした。
「……すばる、元気ないな。」
楽屋に揃っていた他のメンバーはリカリッタの呟きに全面的に同意する。
「新次郎も、なんであんなややこしいことになったのかなぁ…」
さらに続いたジェミニにも全員がため息をついた。こめかみを軽く押さえながらサジータがうめく。
「……ちょっと状況をおさらいしてみるか。」
事の起こりは数日前の休日から。
大河と昴がいつかのようにセントラルパークで朝食を取っていたら、ボールが飛んできた。
とっさに昴をかばうために動いた大河だったが、見事頭に直撃してしまう。
「大河!」
一瞬意識を手放してしまった大河に昴はやや血の気が引いた声呼びかける。
程なくして大河は目を覚ましたが
「大河!……気分はどうだ?」
「あ…ええと、少しこぶになってますけど大丈夫です。」
「そうか…それならいい。」
「あなたが助けてくれたんですか?ありがとうございます。」
「……大河………僕がわからないのかい?」
「……すみません。」
昴のことを忘れていた。
「昴さんから連絡をもらったときは本当にびっくりしました……」
「さすがのあたしも肝が冷えたよ…で、みんなで会いに行ったんだよな。」
星組隊長の一大事だ、と連絡を受けた面々の集まりは早かった。
とりあえず、大河を自室へと連れて行き、ダイアナを中心に記憶の確認を試みる。
その結果、自分のことやシアターのことは覚えていると判明した。
「しんじろー、リカたちのことはわかるって言ってたぞ!」
「ああ。で、昴のことも思い出すことは思い出したんだよな…」
だが、表情が曇ってしまうのは昴に対する想いの記憶が無いようだからだ。クリスマスと船上パーティーを誰と過ごしたかを、大河は未だに思い出せてないのだ。
一時的な記憶の混乱だと思うから、すぐに昴さんとの事を思い出しますよ。とダイアナがフォローを入れても昴は表情を固くしたままだった。
(……大河が、僕を見ていない。)
先に楽屋を出たものの、帰る気分にもどこかに向かう気分にもなれなかった昴は屋上のサロンで一人星を見上げていた。
暫くの間、その特別な感情のない視線に耐えればいいと思っていた。だが、大河の様子は未だ変わらない。
(あ……)
ふと、昴が視線を支配人室へ走らせると、ちょうど大河が出てくるところだった。
「たい……」
だが、昴が呼び止める前に大河は足早にエレベーターへと向かってしまった。
「……新次郎。」
もう一度、聞こえるか聞こえないかの声で呼びかけるが、大河は気付かずエレベーターに乗ってしまった。
ざわつく心を抑えようと、再び星を見上げたが、今夜は全く見えない。全ての指針となるポーラースターが消えてしまった。
(……いや、消えたわけではない。)
頭を振り、いつものように客観的にものを見ようと努力する。現に、彼はちゃんと生きているのだから。
(ただ、また片思いに戻っただけだ…)
かつて、自分は片思いこそ永遠の想いだと彼に言ったことがある。そうなっただけだ。
だが、納得させようとする理性をすぐさま感情が否定する。
大河と過ごした日々が昴を変えた。完璧であり、不変であることを望んだ自分を変えたのは他でもない、彼。
(どうして戻らないんだ……!戻ってこい、新次郎!)
烈火の如き感情が昴の瞳に宿るが、その苛烈さすら大河が傍にいない寂しさから持続はしない。
こんなにも、大切な存在だったのかと痛感しながらシアター内へ戻ると楽屋からの話し声に足を止めた。
「……現状はそんな感じだな。なぁダイアナ、なんとかして元通りにできないものかな。」
「可能性として上げられるのは……同じショックをもう一度、ですが……」
「…………」
そこまで立ち聞きして、すっと音を立てずに昴は大道具部屋へと向かった。
目的の物はすぐに見つかった。やや硬めのボールを掴んだ昴は次に大河を探す。
シアター内をくまなく回ってみるが、どこにもいない。
(もう帰ったのか?)
そう考えて大河のアパートへ向かったが部屋に灯りは無く、空振りのようだ。もしかして、と淡い期待を抱いてホテルに向かうが、こちらにも大河は来ていないようだ。
(どこへ行ったんだ、大河…)
言いようの無い焦燥感が昴を駆り立てる。
一度通じ合った気持ちが途切れるのがこんなに耐え難いなんて。
(……!!)
ふらつくまま、セントラルパークに足を進めていた昴の心臓が跳ねる。
ボールがぶつかったときと同じ場所に、大河いた。なにかを探すようにあたりを見渡している。
これ以上の好機はない…昴はありったけの集中力を駆使してボールの狙いを定める。
これで戻らなかったらという恐怖心が一瞬掠めたが、何もしないわけにはいかなかった。
(思い出してくれ、新次郎…!)
意を決して投げたボールは、見事に大河に命中する。
膝をつく大河に駆け寄りたい衝動を抑え、じっと様子を伺う。
「……新次郎。」
頭をさすりつつも立ち上がった大河の名を、先ほどの屋上よりも微かな声で呼ぶ。
すると、大河はすぐさま昴の方に顔を向けた。
「昴さん!」
弾むような声と共に大河がこちらにまっすぐ駆けてくる。その瞳の輝きに昴は安堵で崩れそうな顔を見られまいと大河が止まると同時に抱きついた。
「…昴さん?」
昴の突然の行動に戸惑いの声を上げたが、すぐに自身の腕を昴の背中に回して優しく抱き返す。
「えへへ……初めてですね、昴さんから抱きついてくれたの。」
「……そうだったかな。」
「そうですよ。」
「…そうか。」
それだけ言葉にして背中に回した腕にさらに力をこめる。
僕の唯一のポーラースター…もう離さない。
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