「………よく降るなぁ。」
夜でも昼のように明るい紐育だが、今は昼なのに夜のように暗い。
太陽は分厚い雲に阻まれ、朝から降り続く雨は止みそうもない。
玄関で傘の水滴を払った大河はその傘を持ったままエレベーターで屋上まで上がる。空中庭園となっているため、こう雨が強い日は傘が無いとつらい。
「あ、リカ……?!」
支配人室の窓から空を眺めるリカリッタに手を振ろうとした大河は視線をやや上にずらしたところでぴきっと音を立てて固まった。
首から布を巻いたノコが吊されている。
「ちょっ、ちょっとリカー!」
ばんっと大慌てで扉を開けて中に入り、やや青い顔をしていたノコを下ろす。大河の手に包まれたノコは弱々しく一つ鳴いてくたっと身を曲げた。
「しんじろー!なんでノコを下ろすんだ?」
「なんでって……リカこそどうしてノコを吊してたの?」
大河の至極真っ当な疑問に、勝手に下ろされてつり上がっていた眉が得意げに緩む。
「この前、しんじろーが作ってたあれをノコでやってみたんだ!」
「あれ?」
「サジータがオバケみたいだって言ってたあれだ!」
ぴしっと指を指すリカに大河はようやく合点がいった。
話は三日間前に遡る。
やはり雨の日で、そろそろ青空が恋しくなってきていた大河が使い古した手ぬぐいで作ったある物を窓に吊るすと、通りかかったサジータとリカリッタが興味を示してきた。
「新次郎、オバケを出すには早くないか?まだ6月だぞ。」
「へっ?違いますよ、オバケじゃなくてこれはてるてる坊主です。」
「なんだ、それ?食えるのか?」
「食べ物じゃないよ。んー…晴れますようにっていうおまじないだよ。」
そのおまじないの甲斐あったのか、その日の夕方から雨は弱まり、翌日は薄曇りだった。
「リカ、雨はあんまり好きじゃない…だから、晴れるようにノコでおまじないしたんだ!」
雨の日にリカを襲った悲劇を知っている大河は、伏せられた瞳からその気持ちを推し量って一瞬言葉を詰めるが、握ったままのノコをそっとリカの肩に乗せてから目線を合わせるために屈む。
「でも、ノコはやっぱりダメだよ…だから、ぼくと一緒にてるてる坊主を作ろう。」
ね?と笑顔で小首を傾げて促すと、リカリッタはぱっと顔を華やがせて頷いた。
「うん!リカ、しんじろーと一緒に作る!」
「じゃあ、衣装部屋に行ってあまり布をもらってこよう。」
「おう!いししししし〜…しんじろー、でっかいの作ろうな!」
下に降りた二人は売店にいた杏里の許可を得て、端切れの中でも大きな無地の布を選んだ。丈夫な凧糸で括るとリカリッタの背丈の半分はあるてるてる坊主が完成した。
「じゃあ、顔はリカが描きなよ。晴れますようにってお願いしながら描くんだよ。」
「おう!」
油性インクのペンを握ったリカリッタは、じっと大河を見つめてから顔を描き込む。
眉、目、口と描いたところでペンを置き、完成したてるてる坊主をぎゅっと抱きしめた。
「うん、よく描けたぞ!しんじろーにそっくりだ!」
「えぇ、これぼくなの?」
「いしししし〜!…じゃあ、飾りに行くぞ!」
「う、うん…」
なんとなく腑に落ちなくて歯切れの悪い返事を返してしまったが、リカリッタの嬉しそうな顔に大河はまぁ、いいか。という気分になる。
この晴れやかな笑顔はきっと雨を追い払ってくれるだろう。
その後、昼公演を終え、二人で晴れ渡る空に輝く虹を見つけたとき、リカリッタがとびっきりの笑顔を見せたのは言うまでもない。
「しんじろー、てるてる坊主ってすごいな!」
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