人々を照らす地上の星であれ。
初の霊力部隊であり、後に欧州星組と呼ばれる組織はそんな願いも込められていたらしい。
だが、そのことを当の子供たちが理解していたかは定かではない。
「昴、ここにいたの。」
戦闘演習を終え、普段着に着替えた昴を呼び止めたのは、隊長であるラチェットだった。
「これから織姫と食事にするんだけど、あなたも一緒にどう?今日の演習について話したいこともあるし。」
実年齢からはとても想像し難い会話内容だが、彼女の纏う空気はそれを違和感として捉えさせないものがある。
だが、そのラチェットよりさらに年齢を感じさせない深い微笑みを浮かべて昴は首を横に振った。
「いや、僕はいいよ。僕には話すことは特にないしね。」
「……そう、残念ね。じゃあ昴、お疲れさま。」」
それ以上食い下がることはせず、ラチェットは足早に去っていく。
効率最優先のラチェットにとってそれは無駄な時間だからだ。
自由になった昴はその足で屋上へと向かう。この施設は都市部からやや離れた所にあるので、今日あたりよく見えるはずだ。
「……予想通りだな。」
頭上に輝く星空に目を向けると同時に、先客も視界に捉える。
欧州星組最年少であるレニは柵に肘を乗せてただ黙って夜空を見上げていた。
「星を見てるのかい?」
昴が近寄り、並んだところでそう訊ねるとレニは空から昴に顔を動かして小さく首を縦に振った。
「星が好きなのかい?」
さらに訊ねるが、今度はやや首を傾げて僅かに眉根を寄せた。
「………わからない。けど、方角を知ることもできるし、知ってて損はないと思う。」
「そうか。」
懐から扇子を取り出し、口元に当てながら昴はふむ、と頭一つ分小さい仲間を見つめる。
レニはそんな昴を気にもとめない様子で空を見続けている。
「……今から、少し星の話をするよ。聞く聞かないは君の自由だけどね。」
宣言をするだけして、昴は手にした扇で空を指し言葉を紡ぐ。
それは星の逸話から科学的な解釈と多岐にわたるもので、いつの間にかレニは真剣に耳を傾けていた。
見つめる星が先程よりもずっと近く感じたレニは無意識のうちに手を空へと伸ばすが
「たが、手を伸ばしても無駄だよ。」
その途端、昴はハッキリと言い放った。
「星は遥か彼方に存在し、その輝きだけが僕らのもとに届く。そこにあるようだけど、どんなに手を伸ばしても届かないんだ。」
そう、その輝きが万人のものであると同時に決して誰かのものにはならない。
微笑む昴の瞳は深すぎて、レニの氷のような青い瞳がその真意を見ることは無かった。
「……星は天空にあるからこそ輝くもの。流れ、地上で触れることのできる星にかつての輝きは見られない。」
そう思っていた。だが、今はそれだけではない思いも抱えるようになった。
リトルリップシアターの屋上で佇む昴は摩天楼の光と生憎の雲に阻まれて姿を見せない星から地面へと目線を変える。
見つめる先には両手をいっぱいに広げて公演ポスターを張り替えるこのシアターのモギリがいる。
(だからこんなにも興味深いのかもしれない。)
地上の星でありながら、なおも輝き続ける彼が。
「大河……」
名前を呼ぶと同時に、大河が動く。
無事に張り替えを終えたポスターを眺め、満足そうにひとつ頷くと、足早にシアターの中へと向かう。
(ここに来るだろうか……後、2分。)
ホールを抜けて、エレベーターを使用する。
(……後、30秒。)
エレベーターが屋上に到着する。
(……後、10秒。)
扉が開き、大河が僕を見つける。
「昴さん?」
まったく、君はわかりやすいな。
こみ上げてくる笑みを何とか抑えて昴が振り向くと、大河はきょとんとした顔でこちらを見ていた。
「何してるんですか?」
「……星を見ていたんだ。」
唯一の星、ポーラースターを。
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