「お腹空いたなぁ…」
シアター到着目前で自己主張した腹に手を当てながら、大河は誰に言うでもなく呟いた。
今日は年が明けて最初のミーティングを兼ねた朝食会だから、食べられるのはまだ先だ。
「あれ?」
途中のマギーの店で軽く何か食べてくれば良かった、と思いながらシアターの玄関に立った大河はドリンクバーの中に立つ人物を見て目を瞬かせた。
プラムではなく、襷掛けをした杏里が菜箸を片手に数枚の白い紙とにらめっこをしている。
「えっと……これも作ったし、こっちも大丈夫…うん、完璧!後は盛り付けだけね。」
「杏里くん、なにしてるの?」
「にゃうんっ!?」
大河は普通に近づいたのだが、作業に集中していた杏里は声をかけられるまで気づかなかったのか盛大に驚いた。
「大河さん、ビックリするじゃないですか!…何か用ですか?」
「いや、杏里くんなにしてるのかな〜って…うわぁ!」
胸の前を押さえている杏里は大河の歓声にまた肩を震わせた。
カウンターの中を覗きこむ大河の目はずらりと並んだ故郷の彩りにこれ以上無いくらいに輝いている。
「すごい、杏里くんこれどうしたの?」
「サニーサイドさまがお節を食べてみたいって言ったから、家に連絡して作り方を教わったんです。」
ほら、と握っていたレシピを大河に見せようとしたが、大河の予期せぬ動きに思わず声を上げた。
「あー!大河さん、つまみ食いしちゃダメです!」
数ある品の中の一つ、栗きんとんをじっと見つめた大河はすぐ側にあった箸でひょいと一口運んでいた。
怒鳴られてしまった大河はパッと箸を置いて困ったような笑みを浮かべて頭を下げる。
「ご、ごめん、栗きんとん好きだからつい…おいしかったよ。」
まるで子供のように無邪気に笑って頭を上げた大河は母からの手紙を思い出した。
栗きんとんを作って待っているとあった母の手紙。あの時は戦いを目前に控えていたからとにかく紐育に平和をとしか考えられなかったが、時間が経ちあの優しい味を味わえないのは少し残念だと思っていた矢先のこれは嬉しかった。
そんな大河の思いを知らない杏里は素直な褒め言葉としてそれを受け取りぽっと顔を赤らめる。
「そ、そう!?…あ、後でちゃんと出すんですから、もうダメですよ。」
「うん、わかったよ。」
「ほら、皆さんが待ってるんじゃないですか。早く屋上へ行ってください!」
「そ、そうだね…じゃあ杏里くん、また後でね。」
さらに素直に頷く大河に熱が上がるように感じた杏里は照れ隠しについ口調が荒くなってしまった。
そんな口調に大河はやや気圧さ気味に早足でエレベーターホールへと向かう。その後ろ姿が完全に見えなくなったとき、杏里の口から無意識に言葉がこぼれた。
「そっか……大河さん、栗きんとん好きなんだ。」
呟いた後にすぐさまぶんぶんと頭を振ってまだ空っぽの重箱を手に取る。
「だっだからって別にどうってことないけど!さぁ、早く盛り付けしなきゃ。」
その後、ミーティングを終えて星組の前に運ばれた御節の中の一つは栗きんとんが少し多めに入っていた。
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