「今日は大変でしたね、昴さん。」
話しかけられて、昴は隣を歩く大河に顔を向けた。大変と言う割にはどこか楽しそうな顔つきに昴も苦笑する。
「リカの気持ちは嬉しいが、そろそろノコ以外でも意志を表せられるようになってもらいたいな。」
今日、5月9日は九条昴の誕生日である。
昴自身は誕生日にそれ程感慨を持っていなかったが、仲間たちが祝ってくれたのは素直に嬉しいと思った。
ノコを丸焼きにしてプレゼントすると宣言したリカリッタを止めるのに苦労はしたが、それもまた思い出のうちだ。
(それに、今は隣に大河がいるしな。)
このままただ時が過ぎるのは惜しい、と思う昴の脳裏にある考えが浮かんだ。
見上げる夜空は雲一つ無い。ちょうどいい。
「大河、すまないが行きたいところを思い出した…付き合ってくれるかい?あまり時間は取らせないから。」
一応訊ねる形を取ったが、答えはわかっている。
「あ、はい。大丈夫―――」
「では、行こうか。」
「あ、昴さんちょっと待ってください!」
最初の一言で踵を返した昴を大河は慌てて追いかけた。
それから昴が滞在しているホテルがある紐育の中心部とは全く逆方向へとしばらく歩いた二人の目の前には、忘れられて久しいであろう建造物が現れた。
弱々しい街灯に照らされたそれは、鉄骨の橋のようなものだった。
「ここから上へ登るぞ。」
柱の一つに手を触れると、上へ向かって等感覚に伸びる突起があった。
柱に直接取り付けられた梯子を昴に促されて先に上っていくと
「わぁ…!」
橋の上に広がっていた予想外の景色に思わず感嘆の声が上がる。
そこはまるで草原だった。手入れされていない分、空中庭園よりも自然を彷彿とさせる。
「大河、止まってないで早く上がってくれ。」
「あ、すみません!」
昴の声に我に返った大河は急いで上がりきる。
次いで姿を表した昴は大河の反応を見て満足げに微笑んだ。
「驚いたかい?」
「はい!紐育にこんなところがあるんですね。」
「ここは高架鉄道の跡地さ。」
「こうかてつどう?」
紐育の鉄道は地下を走るメトロと街中を縫って走る高架鉄道の2つが活躍していたが、縦横無尽に広がるメトロに比べて、高架鉄道は様々な問題が常に山積みとなったため、人々の生活の中心から外れていったのだ。
「今ではごく僅かな地域でしか利用されていない。廃線となった場所がこうして残るばかりだ。」
「そうだったんですか…」
「だが、朽ちるに任せている間にこうして新たな命が息づいている…興味深いとは思わないかい。」
微かな風に揺れる草は夜露を含み、星明かりを受けて僅かに輝く。
周りの景色はたしかに摩天楼が聳え立つ紐育なのに、まるでここだけ別世界のようだ。
「僕のとっておきの場所さ…気に入ってくれたかい?」
その不思議な空間で微笑む昴は幻想的な気分を更に深くさせて、大河は惚けたまま何度も首を縦に振った。
「はい!…すごく、素敵な場所です。」
「君だから教えたんだよ、大河。」
「じゃあ、二人だけの秘密の場所ですね。えへへへへ……」
「……照れるのか、決めるのかどちらかにしろ。」
そういう昴も扇子を広げて熱を持った頬を隠す。
「昴さん、ぼく高架鉄道に乗ってみたいです。」
興味津々といった様子の大河に、昴は扇子をパチンと閉じて頷いた。
「いいよ。僕が案内しよう……次の休日は空けておくように。」
「はい!ありがとうございます!!」
嬉しそうに笑う大河に、昴も目元を和らげる。
さあ、次の休日はデートだ。
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