まさに百花繚乱という言葉が似合う、と昴は思った。
特別な夜は大盛況のうちにその幕を下ろし、今は互いの親睦を深める時間である。
だが、盛り上がる面々の中に一人見知った顔がいないことに気づき、ホールをそっと抜け出して甲板へと足を向けた。彼女はきっとそこにいる。

「宴は終わり、今しばらく泡沫の余韻に浸る時に君は一人かい?レニ。」

探していた人物に声をかけると、手すりに寄りかかって星を見上げていた青い目が昴へと向けられた。

「昴……ううん、ちょっと風に当たりたくなっただけ。すぐに戻るよ。」
「そうか。」

短い返事の後、昴はレニに近づいた。その隣に落ち着いて数時間前の事を思い起こす。

「まさか君とこんな形で再会するとは思わなかったよ。」
「ボクも…紐育の司令はすごい事を考えるね。」
「ああ…昴もそう思う。」

帝都花組、巴里花組、紐育星組を集めて豪華客船での一夜限りの祭典。
サニーサイドがそう言い出したときは正気かと疑ったが、こうして実現しているのだから舌を巻く。

「…でも、今は静かだね。星も綺麗だ。」

レニの呟きに昴は改めて周囲を見渡した。
船の中は相変わらず賑やかだが、こうして外に出ると絶え間なく響く波音だけが耳に届く。レニに倣い見上げた夜空には星が一面に瞬いていた。

「そう言えば欧州にいた時、君に星の話をした時もこんな夜空だったな…今は木々のざわめきではなく波音だけど。」
「……昴は…」
「なんだい?」

レニの声に驚きが含まれていたのが気になり、空から彼女に目を向けるとその表情も驚きに満ちていた。

「…覚えて、いたんだね。」

たった一度の出来事。レニはそれをよく覚えていたが、昴まで覚えていたとは本気で思ってなかったのだ。

「そんなに意外だったかい?」
「だって…とても些細な時間だったから。」
「君が覚えているんだ、僕が覚えていてもなんの不思議はないだろう……それにしても…」

続けようとした言葉を昴は直前で飲み込んだ。変わったなど、今更だ。

「昴は思う……君は随分と魅力的になった、と。」

だから代わりに今を祝福する言葉を贈ろう。
昴の知っていたレニはまるで人形のようだった。機械と言ってもいいだろう。
だが氷のようだった蒼い瞳が、今は豊かな水面のように輝いている。

「……あ、ありがとう。でも、昴もそうだよね。」

昴の賛辞に照れながらも、レニはしっかりと昴を見つめ返した。
自分はあれから少しずつ成長し、かつて見上げていたこの人を見下ろせるようになったが、昴の外見は少しも変わらない。
でも、以前見つめた昴の瞳は深すぎて何もわからなかったが、今は穏やかな光を宿しているように思う。それは確かに昴の変化をレニに伝えていた。

「ボクは、今の昴の方が好きだよ。」
「そう、か……昴は少し驚いた。そんな風に言われるとは思わなかった。」
「えっ?」
「いや、何でもないよ…そうだな。たぶん、これからも変わっていくよ。」

あの仲間たちと共にある限り。

「そろそろ戻ろうか。」
「うん。みんなが待ってるよね。」
「ああ。」

仲間を思う発言に目を合わせて微笑む。
かつて互いの隣にあったのは孤独だった。
その孤独にも星は優しかったが、ぬくもりは遠すぎて届かない。

「行こう、昴。」

返事を聞く前にレニは昴の手を取って歩き出す。昴は僅かに驚きを示したが、手は振りほどかずに目元を和らげた。
あの頃の孤独も、悲しみも。
人の暖かさを知った今も。
そしてこれからも。
全てをその彼方に抱いて、星は今宵も空を彩る。




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