黄金色の秋の実りたちを揺らし、全てを白く包む煌めく冬の雪を撫でて。
朝には鳥の囀りを運び、夜は共に星空を見上げています。
私は風になってあなたが愛したものの中にいます。
「そろそろ、頃合いですかな。」
向かいの席に座っていた王の言葉に、大河は手にしていた中国茶をテーブルの上に置いて時計を確認した。
「わっもうこんな時間だったんですか。すいません、すっかり長居してしまって…」
「いやいや、それでいいのですよ。皆さんには内緒でそっとお教えいたしましょう…黄昏時まで新次郎殿を引き止めておくように頼まれていたのですよ。」
「へっ?」
「今日が何の日かお忘れですかな。」
穏やかな笑みを湛える王の言葉を口の中で反芻し、首を傾げる。
今日も紐育は快晴で、夏らしい暑い日だった。今日は何かの記念日だったのだろうか。
でも、言われてみれば朝からみんながどこかそわそわしていたような…そこまで考えたところでようやく一つの可能性に思い当たり、大河はぽつりと声に出した。
「ぼくの誕生日…」
「左様でございます。皆さん、数日前からお祝いの準備をなされていて、それはそれは嬉しそうでした。」
王の言葉にどんどん頬が緩んでいくのを自覚する。
「そ、そうだったんですか…全然気がつかなかったなぁ……」
照れて頭をかく大河に、王は再び時計を見た。
「そろそろシアターに向かえば丁度良い頃合いでしょう。私も、用事を済ませたら向かわせてもらいます。」
「ありがとうございます!じゃあ、ぼく行きますね。」
イスから立ち上がり、深々と頭を下げた大河は逸る気持ちを抑えてなるべく静かに店を後にするが、その顔は相変わらず緩んだままだ。
みんなが覚えていてくれただけでも笑顔がこぼれるのに、祝ってくれようとしているなんて。
心から嬉しい気持ちでふと海の方へ目をやると、大河は思わず歓声を上げた。
「すごい…綺麗な夕焼けだ…」
鮮やかな橙色の空と、その光りを反射させて輝く水面に思わず臨海公園の手すりに手をかけて見入る。
瞳を閉じて心地良い潮騒に耳を傾け、その音に合わせて心を落ち着けていると風が吹いた。
風は大河を包み込み、歌うように優しく吹き続けて一瞬だけ修道女の輪郭を形作る。
私が言うのも変かもしれませんが…生まれてきてくれてありがとう。
これからも、あなたが精一杯生きてゆけますように。
夕焼け色の風が音にならない声でそう告げ、最後にその顔を見ると風が乱れた。
閉じていた瞳が開かれ、合うはずのない視線が一点を見つめている。
涙が滲んでいるその瞳にそっと微笑みかける。
私は風になってあなたが愛したものの中にいます。
いつでも、一緒にいます。だから泣かないでください。
瞳がゆっくりと閉じられ、風が撫で過ぎると、大河の頬に水滴が当たった。
「ん、水が弾いたのかな…あれ……?」
瞬きをした大河は自分の瞳から涙が一筋流れているのに気づいて首を傾げる。
「ぼく、何で泣いてるんだろう…」
ぐいっと涙を拭い怪訝そうに眉を寄せるが、これ以上は零れる気配は無い。
「…さあ、シアターに戻らなきゃ。みんなが待っててくれてるんだから!」
しばらくそうしていたが、ぱんっと両手で軽く頬を叩いて気持ちを切り替えた大河はシアターへと駆け出した。
何故だか無性にみんなに、あの人に会いたい。
私の心はいつでもあなたの傍に。
今は何よりも愛おしい命が生まれたこの日を心より祝福しましょう。
走る大河に穏やかな追い風が吹いた。
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