すぐ近くにイスとテーブルがあるのだから、座って読めばいいのに。
図書館の数ある本棚の前の一つで一冊の本に没頭している大河の横顔に苦笑いを浮かべて昴は静かに声をかけた。

「大河、なにを読んでいるんだい?」
「あ、昴さん!?あれ、もうそんな時間ですか?」
「いや、まだ早いよ。少し本を見ようと思って立ち寄ったら君が居た。」

声をかけた途端、ぱっと顔を上げて先程までの真剣な表情が一瞬にして消えて慌てたのを面白く思いつつも、それは出さずに言葉を紡いだ。
すると、大河は本を抱えたままホッと息を吐いた。

「良かったぁ…ぼく昴さんを待たせちゃったのかと思いました。」
「君の部屋の前でか?そうしてても面白かったかもな。」
「もう、そんな意地悪言わないでくださいよ。」
「ふふ……星の本を読んでいたのかい?」

図書館の棚は種類ごとに分類されている。
大河が立っていた棚は天文関係の本が集められた棚だ。

「はい。士官学校で習ったのは方角を知るための知識だけだったので、面白かったです。」

本を元あった場所に戻し、二人並んで図書館を出ると夕暮れに一際輝く星が見えた。

「宵の明星と明けの明星が一緒の事だって、今日初めて知りましたよ。」
「そう、どちらも同じ金星だ。」
「あと星と星の距離とか。」

歩きながら話を続ける大河に、隣りを歩いていた昴は少し歩調を落として空を見上げた。

「そうだな。僕らから見れば果てしないほど遠い。その名も形も、人が地上から見てつけたものに過ぎない。」

一つの星座でも、それを織り成す星々はバラバラで、隣合っているように見えるのは錯覚だと。
話す昴の横顔はどこか儚くて、言葉が詰まる。だが、大河の手は無意識の内に昴の手を掴んでいた。

「昴さん、ぼくは……っぼくは、ずっと昴さんの傍にいますからね!」

自分の手の感覚に勇気を貰った喉が発した言葉に、なぜか大河本人が赤面した。

「あ……あのっ…その…」

それ以上言葉が紡げず、しどろもどろという言葉がピタリと当てはまる大河だったが、それでも昴の手は離さない。
昴はその全てが愛おしく、声を上げて笑った。

「ふっ……あはは…星の話からどうしてそうなるんだい?」
「す、すみません……」
「でも……」

繋いだままの手を握り返すと、自然と笑みが零れる。
「そうだな、昴もずっと君と共にありたい。」

自分からこの手を離すことなんて出来るわけが無い。
届かぬ星には孤独を預けて。
このぬくもりこそが、僕を導く唯一のポーラースターなのだから。



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