平時のタイムズスクエアの夜は比較的子供が少ないが、今日は特別だった。
「trick or treat!」
「きゃっふ〜ん!可愛いデビルちゃんたちにはお姉さん特製のハロウィンスイーツをあげちゃうわぁん。」
次々に差し出される小さな手の一つ一つにプラムは投げキッスやウインクと共に星の形をしたパンプキンクッキーを乗せていくと、小さな魔女や悪魔たちはそれに満足してにこやかにシアターを去っていく。
「すごいなぁ…」
関心と驚きが混ざった呟きを零す大河とその隣に立つ杏里の手にもクッキーがたっぷりと詰まったカボチャ型のバケットが握られている。
それに目敏く気づいた子供たちも「trick or treat!」と二人に近づいてくる。
夕暮れ時から始まったハロウィンミニイベントでリトルリップシアターのロビーは大賑わいだった。
漸く落ち着き、時計を確認した大河は軽く目をみはった。針は間もなく十時を示そうとしていた。
一足早く上がるワンペアを見送り、もう子供たちがいないことを確認してから正面玄関をしっかりと閉じる。
「trick or treat?」
だから背後からの声は本当に驚いた。
急いで振り返ると、そこには何時もと変わらぬ濃紫のスーツを着こなした昴が怖い顔にくりぬかれたカボチャのランタンを持って小首を傾げていた。
「昴さん!?そのカボチャ…」
「ああ、ジェミニから貰ったんだ。みんなに配っていてね…リカなんかプラムを捕まえて、お菓子を貰って上機嫌だった。」
「あ、みんなまだいるんですか?」
「いや、一足先に帰ったよ。今シアターに残っているのは僕たちだけさ……ところで大河、昴はさっきtrick or treatと言ったのだが?」
昴の状況説明にふんふんと頷いていた大河だったが、付け加えられた言葉にポケットの中を探った。
「すみません、もうこれだけしか残ってないんです。」
申し訳なさそうにクッキーが二枚だけ入った包みを昴の手のひらに乗せる。
「……いや、これで十分さ。ありがとう大河。」
受け取りつつも、昴は内心失敗したと舌打ちしたい気分だった。
大河が何も持っていない事を見越していたのだが、読みが外れた。
「……ところで大河、このランタンの名前を知っているかい?」
だが、すぐに次の話題を見つけて修正をはかる。
キャンドルのようにゆらゆらと光る豆電球が仕込まれたそれを大河の目の前に出すと、大河は一瞬考えて答えを出した。
「えっと…ジャック・オ・ランタンでしたっけ。」
「正解。天国にも地獄にも見放され、常世をさまよう哀れな男の道を照らす灯りさ。」
童話、嘘つきジャック。
そこから転じて、悪魔や魔女に仮装した子供たちがこの灯りを手に街外れまで行くことで悪霊を追い払い、全ての聖人の日、万聖節を向かえるための前夜がハロウィンの本来の意味だ。
「けど、ランタンは悪霊を退け、旅人を導くとも言われているんですよね。」
だから、大河の説もあながち間違いではない。
昴は感心したように目元を微かに動かした。
「おや、誰かから聞いたのかい?」
「自分で調べたんです…ぼくは導く話の方が好きです。ずっとどこへも行く事もできないなんて…悲しすぎます。」
その表情がつらそうに歪むのを見た昴は思わず頬に手を伸ばす。
「君は、何にでも感情移入しすぎる。悪いことでは無いが、心を痛めすぎるな。」
こちらまで痛くなる。
最後の言葉は微笑みに隠して諭すと、大河は小さく頷いて頭を掻いた。
「すみません、もう大丈夫ですから。」
「ふふ……では、君好みの話どおり、昴を導いて貰おうかな。」
言いながら、くるりとランタンの持ち手を大河の方へ向ける。反射的に受け取った大河だったがその表情はきょとんとしたものだった。
「えっ?」
「この後予定が?」
「特に無いですけど……」
「少し散歩がしたい気分なんだ。」
伝承に則って町外れまでまで行っても良いし、セントラルパークを抜けて昴の泊まるホテルまででも良い。君の部屋も悪くない。
「行き先は君に任せるよ。」
一任された大河はまた驚きの色を顔に重ねるが、昴はただ微笑みを浮かべている。
「ええと、それじゃあ……」
逡巡するように目は泳いでいたが、おずおずと差し出された手を昴は素直に握った。
さぁ、君は僕をどこに連れていってくれる?
シアターを出た二人がどこへ向かったのか。
それはハロウィンの闇夜を照らすランタンの灯りだけが知っている。
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