痕跡を消された血潮が、雨に燻されて鼻に訴えかける。
それが、今も記憶の奥にこびりついている。
だから雨の日はあまり好きではなかった。
でも
「………雨。」
窓から薄明かりが差し込んでいるのがカーテン越しでもわかるほど明るいのに、起床したマリアの耳には屋根や壁、地面を絶え間なく打つ雨滴の音が聞こえていた。
目が覚めてしまったマリアは手早く身支度を整え、カーテンを開けて今日の目覚ましとなったものを見つめる。
薄い雨雲から差し込む光で、雨の筋がハッキリとわかる。
「珍しい天気ね。」
明るい雨。
だからだろうか。戦場の夢を見ずにすんだのは。
しばらくそのまま雨を見ていたが、マリアは部屋を出てテラスへと向かった。
この明るい雨の中見る街並みはどんなものだろうか。
「あれ?マリア、ずいぶん早いんだね。」
だが、そこにはすでに先客がいた。
意外そうに目を丸くする大神に、マリアも鏡のような表情で返す。
「隊長こそ、いつもの起床時間より二時間も早いですよ。」
「かなり具体的だなぁ…今日は雨の音で目が覚めちゃったんだよ。」
「それは…奇遇ですね。私も同じです。」
一瞬の沈黙の後、二人同時に笑みを零す。
「今朝は天気雨みたいだね。」
「ええ。雲の流れが早くて…晴れ間も見えるのに、雨は止みそうもないですね。」
空を見上げながら話していたが、ふと大神が目を閉じて雨音に耳を傾けているのに気が付いた。
「なぁ、マリア…こうして音だけ聞いていると拍手の音みたいに聞こえないか?」
「えっ?」
大神の思いもしなかった発想に、マリアは驚きの色を強く見せたが、同じように目を閉じてイメージする。
一つの物語を終えて幕がおり、満場の拍手とともに迎えるカーテンコール。
「……そう、ですね。たしかに似ています。」
今まで、考えもしなかった雨の一面。
「はは…きっと、空もマリアの誕生日を祝ってくれてるんだよ。」
言われて初めて、今日の日付を思い出す。そうだ、今日は
「誕生日おめでとう、マリア。」
私の誕生日。
仲間たちの誕生日は忘れないのに、どうしてだか自分のはすぐに記憶から抜け落ちてしまうマリアは、大神からの言葉にみるみる頬が熱くなるのを自覚する。
「まさかこんなに早く今日君に会えるとは思ってなくてプレゼントはまだ部屋なんだけど……後で受け取ってもらえるかな?」
「は、はい!もちろんです……ありがとうございます。」
照れ笑いを浮かべる大神にマリアの心は幸せな暖かさで満たされていった。
耳には祝福の雨音。
雨の日はあまり好きでは無かった。
でも
あなたがいれば、悲しい世界にも光が差し込むから。
今日という日に心からの感謝と愛を。
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