帝劇の中庭は、平時より様々な目的で隊員たちに使用されている。
日光浴や運動、野菜の栽培などの余暇はもちろん、時には舞台稽古の場にもなる。
「いいかい、ピノキオ。世の中には誘惑というやつが多すぎる。だから、それに負けないように良心が必要なんだよ。わかるかい?」
「うん、わかった!」
今も、真新しい台本を手にしたアイリスとレニが秋の爽やかな陽光の中、白いベンチに並んで座り簡単な手振りを加えながら二人のシーンを読み合わせている。
「よし。じゃあ早速学校へ行こう!君には学ぶべきことがたくさんあるんだ。」
セリフに合わせて目の前を指差したアイリスだったが、次の瞬間ふっと役者の顔を取り外し、笑い声を上げた。
「アイリス、どうかした?」
それに釣られて、レニも好奇心旺盛で無知のピノキオという顔を降ろす。
「ううん、あのね…うーんと……ちょっとくすぐったいの。」
「くすぐったい?」
服の中に枯れ葉か何か入ったのかと疑問を口にする前に、アイリスは自分の中で合点がいったのか、さらに言葉を重ねる。
「あのね、いつもはレニがアイリスにいろんな事を教えてくれてるのに、お芝居だけどアイリスがレニに教えてるのが何だかくすぐったい気分なの。」
照れくさいような、鼻が高いような。
目尻を下げ、口の端で笑みをこらえようとするアイリスの表情からそんな形容詞が浮かんだレニだったが、それをくすぐったいと表現するとは思い至らなかった。
ああ、また一つ。
「そんなことないよ…アイリスはいつもボクに色々なことを教えてくれてる。」
日常の事はもとより、風の柔らかさ、花の香り、日の光の暖かさ、人の温もりの強さ。
彼女から教わったたくさんのものが、レニの中では星のように輝きを放っている。
レニの真っ直ぐな言葉に、アイリスは照れながらも顔中を嬉しさで染め上げて笑った。
「そう?えへへ……そうだったら嬉しいなっ」
「うん。これからもよろしくね、アイリス。」
「もっちろん!レニも、ずっとアイリスの大事なお友達だよ!」
「…ありがとう。」
暖かな視線で見つめ合い、幸せな沈黙が二人の時間に区切りをつけた。
「お稽古止めちゃってごめんね。続きやろ!」
「そうだね。……ねぇ、学校に行ったらどんなことをするの?」
再び役者の顔になった二人を、秋の帝都は優しく見守っていた。
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