旋律にこめて


桜吹雪が水面を彩る隅田川。うららかな春の休日。浅草寺へお参りをした帰りによった長命寺の境内を出たところでレニ、ロベリア、織姫は待ちぼうけをしていた。

「……マリアさんたち、まだお話が終わらないんでしょーかね…?」

しゃがんで、膝の上に頬杖をついてぼやくのはバラのアクセントが華やかな赤いドレスを身に纏った織姫である。

「…仕方ないよ。滅多に聞けるものじゃないし。」

織姫の言葉に返したのは、お土産に買った桜餅の袋を持ちながら立っている落ち着いた色合いのシンプルな服を着るレニ。

「なんだ、レニも聞きたそうだな。だったら聞いてくればいいじゃないか。
 アタシたちは先に帝劇に帰ってるからさ。」

最後に腕を組みながら気だるそうにレニに言い放つのは、モスグリーンの独特な服を着こなすロベリア。
この三人は一緒に来ていたマリアと大神を待っている。二人はたまたま居合わせた住職の話を聞く事になったのだ。
もちろん、全員一緒で…と来たが、織姫とロベリアが早々に逃げたので、成り行きでレニがこの二人と一緒に待つことになったのだ。マリア曰く「レニがついていれば安心」だそうだ。
が、そんな事はお構いなしの二人である。

「そうでーす!ロベリアさんの言うとおりでーす。
 早く帰らないと、おいしい長命寺の桜餅が台無しでーす!」

レニが持っている袋を指差して立ち上がる織姫。だが、レニの答えはつれない。

「…ダメだ。織姫とロベリアと一緒に待ってるってマリアと隊長に約束した。」

「約束ねぇ……はん、律儀なこった。あーあ、早くしないと夜になっちまうぜ。」

ロベリアが西に傾きはじめた太陽を見上げる。
遠くで人が騒いでいる声がする。隅田川の桜も満開。大方夜を待ちきれない地元っ子が宴会でもしているのだろう。

「お花見…いいですねー。わたしたちもみんなでお花見したいで〜す。」

再びしゃがみながら遠くの人の固まりを見ながら織姫が呟いた。その人たちの上で美しく咲き誇る花を見て、ある話を思い出した。

「そーいえば…たしか桜の下には女が埋まっているって話がありましたね〜」

「へぇ、ニッポンにはそんな話があるのか。」

「だいぶ前の文芸雑誌に載っていた話だね。」

「なんで、桜の木の下で眠ってるんですかねー…?」

首をかしげて頭を捻る。

「さぁな、知るかよ。」

興味なさそうなロベリアの言葉とは対照的に、レニはやや俯いてしばし考えた後に、ぽつりと言った。

「…自分が其処にいるって、誰かに知ってもらいたかったから、とか……」

その呟きに織姫とロベリアは思わずレニを見る。レニは川面を流れる花びらを黙って見ていた。

「ふん…自分の存在なんて自分で決めるもんだろうが。
 他人にゆだねるもんじゃない。」

メガネをなおしながらロベリアが言い放つ。川面からロベリアに目線を移すレニ。

「…でも、自分でそう思って、それが他人に認められて初めて意味を持つ事かもしれない。
 ボクは……そう考えるようになった。」

背中でロベリアとレニの意見を聞いて、織姫はどっちもわかるような気がした。
自分である事を自ら認め、他人にも認識してもらうのは、まるで舞台で存在する為に自らの役を演じ、その役に対して声援を貰えたときの瞬間と似ているものだろう。
織姫はその瞬間をとても愛している。だからこそ、二人の話も抵抗無く理解できた。

(けれど……)

静かに立ち上がり、飛んできた花びらの一枚を器用に捕まえ、軽くキスをする。そして、再び風に乗せるとともに歌いだした。

もしその女に恋しい人がいたのなら。
その恋が一生を懸けてもいいものだったのなら。
―――その思いを永遠に咲かせたかったのではないかと思う。

(だから、ニッポンの桜はキレイで、はかなくて…愛しいものなのかもしれませんね。)

織姫の歌声にレニとロベリアの静かな議論もいつの間にか止まっていた。

(でも…わたしはどんなに愛しい人がいても、桜の木の下に眠りたいとは思いません。
 わたしは…愛しい人の心の中で永遠に思いを咲かせるのでーす。)

万人に愛される人の花ではなく、ただ一人のための特別な花。

「みんな、お待たせ。」

そのとき、三人の背後から男の声がした。
一斉に振り向くとそこにはうっすらと朱に染まりはじめた空を背に立つ大神とマリアが佇んでいた。

「隊長。マリア。」

「やっと終わったのかよ。
 ったく…随分退屈な時間を過ごしちまったぜ。
 この埋め合わせはキッチリしてもらうぜ、た・い・ちょ・う!」

二人のもとに歩みながらそれぞれに言葉をかける。甘い声を出すロベリアに、マリアの眉が上がる。

「ロベリア、悪ふざけも大概にしなさいね。」

「ま、まぁまぁ二人とも…」

どうもこの二人は難しいらしい…と思いながら大神は苦笑いを浮かべて止める。
そんな大神に織姫はびしぃっと指を指す。

「もう、全員そろったんですから早く帰りましょ〜!
 さ!中尉さん。そこの道で帝タクを拾ってくるでーす!」

帝タクとは「帝都タクシー」の略である。登場したのはごく数年前だが、今では帝都市民の大事な足として利用台数も着実に増やしている。

「え、俺が?」

「当然でーす。レディーは大切にするものでーす!
 それに、すっかり遅くなってしまいましたからね〜早くしないとディナーに間に合いませーん!」

「あ、ああ…わかったよ。
 じゃあ、みんなはここでちょっと待っててくれ。」

そう言うと、大神は少し行った所の広い道へ走っていった。
その後姿を見送ると、織姫はくるりと残りのメンバーに向き直った。

「この際だから改めて言っときまーす。
 …わたしは、誰が相手でも中尉さんに関する事だけは一歩も譲る気ありませんからねー!」

織姫の堂々たる宣戦布告に言われたメンバーは一瞬驚きの色を見せるが、すぐに表情を直した。

「ハハハ…!こいつぁいい!
 アタシも、この賭けには容赦しないよ。」

「織姫、あなた……
 …いいわ。よろしくね、織姫。」

「……織姫。こっちこそ。」

薄ら笑いを浮かべながら、柔らかい笑みを見せながら、澄んだ目を向けながらそれぞれに織姫の言葉に答えた。
それを見た織姫は胸のつっかえが取れたように深く息を吐いた。

「おおーい、みんな。タクシーを捕まえたよ。」

なんと形容していいかわからない静寂に包まれた空間に、大神の声が割って入ってきた。
その声を合図として全員で大神の方へ歩き出す。
大神が待つ所に着いた四人は、大神がドアを開けて待つ帝タクに順番に乗り込んだ。大型の帝タクは五人を易々と乗せて走り出した。
窓際に座った織姫は、助手席へ座った大神をバックミラー越しに見る。

この男の心に、花を咲かせたいと思う。
この想いを永遠に。

車窓の外では夕焼けに照らされた桜が、我が春とばかりに咲き誇っていた。


   END

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