A sign of a change
広大なセントラルパークには様々な施設があり、たくさんの人が訪れる。
その中の一つ、南東に位置するウールマン・メモリアル・リンクのそばを通りがかった昴は見知った顔に足を止めた。
「あ、すばる!」
その気配に素早く気付いたリカリッタは好奇心を掻き立てる対象から瞳の輝きはそのままに数歩先の昴へ駆け寄った。
「なぁなぁすばる!これなんだ?スッゴいにぎやかだぞ!」
「移動遊園地だよ。」
思いっきり握られたスーツの袖口からやんわりとリカリッタの手をはがしながら昴は簡潔に答えた。
「ここは、冬はアイススケート場として市民に利用されるけど、今の時期には移動形遊園地がやってくるんだ。」
「ゆーえんち!リカ、ゆーえんちはじめてだ!」
説明を付け加えてやると、リカリッタの瞳がこれ以上無いくらい輝きを増した。
「よーし、行くぞすばる!」
「ちょっ…リカ、僕は……」
「いししししし〜!すばるとゆーえんち!たっのしっ!たっのしっ!くるくるくる〜!」
袖口から離された手でそのまま昴の手を握ったリカリッタは有無を言わさず駆け出した。
「やれやれ……」
こうなったリカを止めるのは少々骨が折れる。
仕方なく、昴はリカリッタに歩調を合わせた。
◇ ◇ ◇
「うっひょー!すごかったな、ノコ!」
肩に乗った相棒に同意を求めるリカリッタだとたが、ノコは短く鳴いただけだった。
「…コーヒーカップをあそこまで回し続けたら目も回るだろう。」
アトラクションの近くにあったベンチに腰掛けたまま、昴は呆れた口調で告げた。
「リカは平気だぞ。」
きょとんとした顔になるリカリッタに軽く肩を竦める。
「リカ、次はあれに乗りたい!すばるも一緒に行こう!」
「……僕はここにいるよ。」
「もー!すばるさっきから見てるだけ……じゃあ、リカ行くぞ。ちゃんと待ってるんだぞ!」
ぷぅっと頬を膨らませてからリカリッタはコーヒーカップとは反対側にあるメリーゴーラウンドへと駆けていった。
「………」
その後ろ姿を特に感慨もなく眺める昴の脳裏にある考えが浮かんだ。
それを実行したとき、あの少女はどんな反応をするだろう。
興味がわいた昴は、音をたてずに立ち上がった。
「すばる、おもしろかったぞ!………すばる?」
忽然と姿を消した昴を探すべく、リカリッタはきょろきょろと首を動かすが探し人は見当たらない。
「すばる……迷子か?リカ、さがさないといけないな。ノコ、行くぞ!」
すぐにそう広くはない園内をくまなく探し回ったが、それでも昴の姿は無かった。
「…………すばる、どこだ?」
力無い声で呟いても、答える声は無い。
耳に入ってくるのはアトラクションから流れる楽しげな音楽だけ。
だが、今のリカリッタには寂しさを掻き立てる音に聞こえた。
「………っ」
「……リカ。」
ぼろぼろと大粒の涙を流したまま、構わず振り返るとそこには探し求めていた人物が立っていた。
「すばるっ…びえぇぇんっ」
安心した途端、さらに涙が溢れてきたリカリッタは昴に思いっきりしがみついた。
「すまない、少し席を外した。」
昴の言葉に返事はせずに、リカリッタは泣き続けた。
思いっきり抱きついているリカリッタの背中を、昴は優しく撫でた。
どれほどそうしていただろうか。
ふと、すすり泣く声が止んで規則正しい呼吸へと変わった。
「リカ…?」
顔を覗くと、無防備な寝顔が見えた。
熟睡状態だが、腕だけは昴を掴んで離さない。
「やれやれ…しょうが無いな。」
そのままリカリッタを抱き上げて、昴は手近のベンチに腰掛けた。
「…………」
無言の昴の横顔に、ノコがチラリと目線を向けたがすぐにリカリッタに注意を戻した。
(ずいぶんと時間をかけたな。)
見上げると、リカリッタが昴を探し始めたときは青一色だった空がやや赤みを帯びてきている。
(リカのことだから、僕の事は気にせず遊び続けると思ったのに。)
軽く頭を一撫でしてやると、リカリッタの顔に笑みが宿る。
リカリッタがどんなに昴を探しても見つからなかったのは当然だった。
昴はずっとリカリッタの視界に入らぬよう、気配を殺して隠れていたのだから。
(ああ、そうだった…リカは一人を嫌う。)
だから、昴を必死になって探したのか。
リカリッタの思考について答えを出した昴は困ったように見える笑みを浮かべた。
◇ ◇ ◇
「すばる!」
翌日、恒例のミーティングを兼ねた朝食会に出席するためシアターへやって来た昴が玄関をくぐると、先にロビーにいたリカリッタに声をかけられた。その手には一枚のチラシが握られている。
「なぁなぁ、これもゆーえんちか?」
目の前に広げられたそれは、郊外に大規模な遊園地ができたものを知らせるものだった。
「ああ、そうだね。昨日とは規模が全然違うけど…こっちの方が大掛かりだ。」
「おおー!」
朝から元気が有り余っているな、と昴が眺めているとリカリッタは笑顔満面のまま続きを発した。
「リカな、しんじろーといっしょに行きたい!」
「大河と?」
驚きよりも確認のために名前を繰り返すとリカリッタは大きく頷いた。
「リカ、昨日スッゴく楽しかった!だからリカの子分のしんじろーにも教えてやるんだ!」
あれほど泣いても、楽しいという感想になるのか。
前半部分に関心を持ちながらも昴は後半部分について口を開いた。
「ああ…それはいいかもしれないね。大河はこういう所が好きそうだ。」
扇子を口元に当てながら昴が同意すると、リカリッタは両手を大きく上げてぴょんぴょんと飛び上がった。
「いししししし〜!じゃあきまりだ!すばるも、またいっしょに行こうな!」
飛び跳ねるその勢いのままエレベーター方面へと走っていく後ろ姿を見送りながら、昴は遊園地ではしゃぐ大河の様子を思い浮かべた。
子供のように目をキラキラさせて、終始笑顔の大河―――
「!?」
そこまで考えたところで、ふと売店のショーケースに映る己の顔を見た昴は愕然となった。
こんな顔をする自分なぞ、知らない。
すぐさま瞳を閉じて精神を集中させる。
再び瞳を開けたときには、いつもの九条昴が映っていた。だが、胸の内はいつもの九条昴とはかけ離れていた。
「僕は……」
いつからだ?こんなにも揺らいでしまったのはいつからだ?
そもそも、昨日だって最初からリカの誘いを断ることもできたはずだ。それなのに、僕は一緒に移動遊園地へと向かった。何故?
考えようとしたが、次の瞬間にはそれすらも放棄した。
代わりに思ったのは星組隊員としての任務を達成すこと。
湧き上がる様々な感情を振り切るようにエレベーターへと乗り込む。
屋上に到着すると、他のメンバーたちがミーティングの場所であるオーナー室へと入っていくのが見えた。
「僕は、九条昴……それ以上でも、それ以下でもない。」
それだけ小さく声にすると近くにいるはずの仲間たちを遠くに感じた。
その感情もまた、訪れた革命の一端だということに昴は気づかない。
革命の火は、とっくに燃え広がっていたことを認めるのには、まだ少し時間が足りなかった。
END
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