Chapter-0 風を纏いて大空へと翔上がれ
Chapter0-1 色づく葉は鮮やかに時を映す
「…困ったわね。」
机に上にある手紙と書類を再度一瞥してかえでは呟く。密閉された空間に響く自分の声は意外なほど反響する。
どうしようもないのに、頭を悩ませているのは力になりたい気持ちが大きいからだが、この要求だけは飲めない。
ため息を次いで零すと、ドアがスライドする乾いた音と共に安堵したような声が入ってきた。
「あ、かえでさん。こちらにいらしたんですか。」
「マリア…」
「部屋に居られないので探しました……なにか心配事でも?」
作戦指令室、かえでの顔つき、机にある書類からマリアの声は一声前とは違う真摯で鋭いものとなっていた。
そんなマリアにかえでは困ったニュアンスは残したままで笑いかける。
「いいえ、心配事ではないわ。そうね…もどかしいのかしら。」
「その書類は見ても?」
「ええ、いいわよ。」
了承を取り、書類に目を通し始めたマリアの眉が怪訝に動く。
「かえでさん…」
「ね、そういう訳なのよ。」
「……とりあえず、隊長にお見せしましょう。」
「そうね…大神くんは支配人室にいる?」
「はい。早く慣れていただく為に書類を山積みにしておいたので居ると思います。」
マリアの情け容赦無いとも取れる発言に、立ち上がったかえでは思わず笑ってしまった。
米田司令が最前線から引退して約半年が過ぎる。後任となった大神は試行錯誤を繰り返しつつも立派に勤めを果たしているが、支配人室に居るのはまだ慣れないようで気がつくとロビーにいたり事務室で雑用をこなしているのだ。
それが悪いとはもちろん言わないが、けれども彼の現立場を考えるとあまり芳しくないので早々に慣れてもらうしかない。
「マリア、あなたも大変ね。」
「いいえ、私は大丈夫ですよ。」
「ふふっ…いつか私も追い抜かれちゃうわね。」
「かえでさん……」
「いいのよ、後身が育つのは良いことですもの。」
「!……それですよ、かえでさん!」
マリアが到達した答えの意図を瞬時に理解したかえではしばし黙った後に、そうね。と短く呟いた。
「…なるほど。」
マリア、かえでの両名が見つめる中、手紙に目を通し終えた大神が発した言葉はそれだけだった。
手紙の差出人はラチェット・アルタイル。僅かな間ではあるが花組の仲間として共に過した彼女の手紙の内容は近状報告と紐育華撃団星組の隊長要請。
「無茶を言うなぁ…」
「やっぱり、さすがの大神君もそう思うわよね。」
「ええ、こればっかりは……」
自分が此処を離れることの大きさを自覚している大神には良い返事を出すことはどうしても出来ない。
眉を寄せて唸る大神の耳に、静かな声が一石を投じる。
「…隊長、一つ提案が。」
「なんだい?」
「この際、徹底的に男性の霊力者を探してみては如何でしょう。
この先を考えても、そうしておいて損はないと思います。」
極めてシンプルな、けれども最も重要な提案。
しばしの沈黙を経て、大神は小さく頷く。人材を探すのに時間と労力を割くのは必要不可欠だ。
「そうだな……マリアの言うとおりだな。
俺個人ができる事にも限界があるし、そんな状態が続くのも良くないな。」
すっと顔を上げた大神の眼に未来を思って戦う者が宿す鋭さが走る。
「かえでさん、現在軍籍にある人のデータを集めてください。
士官学校の生徒も含めて、全てお願いします。」
「了解。明日の正午までにはそろえるわ。」
「マリア、届いたら選別を手伝ってくれるかい?」
「もちろんです。」
「ありがとう。じゃあ俺は…ここの書類を片付けないとなぁ。」
指示を出した時とは真逆の表情に、マリアとかえでは思わず笑ってしまう。
「ふふっ頑張ってください、司令。」
マリアの言葉に、大神は頷きつつも苦笑いを浮かべたまま作業を再開した。
翌日、マリアとかえでは作戦指令室で膨大なファイルと格闘していた。
「……そう簡単ではないのはわかっていたけど…」
かえでが零した言葉には疲労が滲み出ていた。正面の席に座っているマリアも目頭を押さえて眼の疲れを緩和させようとする。
大半のファイルには目を通したが、候補として上げられるデータを持った人物は片手で数えられるだけだった。
「二人とも、お疲れ様!…どうだい?」
蒸気の力で扉が開く独特な音と共に大神が駆け寄ってきた。走ってきたのだろうか、額には汗が滲んでいる。
「あ、隊長…お帰りなさい。大体終わりましたよ。」
「すまない、俺も手伝うはずだったのに…」
「仕方ないわ。花小路伯爵のお誘いを無碍には出来ないもの。」
二人の優しい言葉に、大神はほっと息をつく。
それにあわせてマリアが数枚のデータを大神の前に差し出す。
「隊長、こちらが候補者の詳細です。」
「ああ、ありがとうマリア。」
受け取るなり、目を通しだした大神の顔は真剣そのものだ。
それに鼓舞された二人もラストスパートをかける。
「……大神くん、これが最後になるわ。
士官学校でも稀にみる優秀な生徒で、飛び級で今期卒業が決まった人物だそうよ。」
「飛び級…すごいですね。ありがとうございます。」
渡された最後の書類を一瞥して、大神は顔色を変えた。
「新次郎じゃないか!」
「隊長のお知り合いの方なんですか?」
「ああ、俺の甥だよ…士官学校に進むとは聞いていたけど……」
大神の甥?と顔を見合わせるマリアとかえでは眩しそうに、どこか誇らしげに書類を見る大神に直感した。
彼が、新しい風になるだろう。
Chapter0-2 雪化粧の下には新たな芽吹き
「よぉ、大神!どうだ調子は!」
声はすれども姿は見えず。突然響いた声に大神は反射で肩を動かすが、すぐに声の主が居るであろう天井の一角へと顔を向けた。
「加山…相変わらずだな。」
「それが俺の信条さ!…調査の結果が出たぞ。」
軽口から真面目な話に移行するのも何度目だろう。加山のペースに合わせて大神も表情を引き締める。
「どうだった?」
「結果から言うと…霊子甲冑を長時間負担無く動かせたのは、大河新次郎ただ一人だった。」
「……そうか。」
別段驚いた様子も無く、大神は静かに頷いた。心のどこかでこの結果を知っていたかのように。
「早急に手配するよ。」
「ただ、潜在能力は高いがまだまだ未熟だ。すぐに異国に赴任というのは少しきついかもな。」
「うん、それなんだが…加山。一つ指令が…いや、頼みがある。
紐育華撃団の情報網確立の為に、亜米利加へ向かってくれないか。」
「…了解した、大神司令。頼まれ事もこの加山雄一に任せておけ!」
わざわざ頼みと言い直した大神の心情を的確に呼んだ加山の言葉に大神は笑みを零す。
「ああ、よろしく頼むよ。」
「オフコース!それじゃあ早速任務に取り掛からせてもらうぞ。」
声が途切れると共に気配が消える。
それを待っていたかのように扉を叩く音が来客者を伝えた。
「お兄ちゃん、今へいき?」
「ああ、いいよ。」
声だけで相手が誰だか分かった大神はすんなりと招き入れる。
了承を経て入って来たのは帝都花組最小と最長の二人だった。
「あのね、カンナが沖縄のお菓子作ってくれたの!」
「サーターアンダギーってんだけど、できたてがまた美味いんだぜ。
隊長も一緒にどうだい?」
「ありがとう。ちょっと待っててくれ、この書類を仕上げたら行くから……あっ」
数枚に渡っていた書類を整えようとすると、一枚の写真が机から滑り落ちてアイリスの足元に落ちた。
当然のようにそれを拾ったアイリスは、見慣れない写真の人物をじっと見つめる。
「お兄ちゃん、この人だれ?」
その声にカンナも覗き込む。そして、同じように目で聞いてくる。
「もしかして、新しく帝劇に来る人?」
「いや、そうじゃないけど……待てよ、そうか!」
アイリスから手渡された写真を受け取った瞬間、大神の声が弾ける。
合点がいったような大神とは正反対に益々事情が飲み込めない二人は怪訝そうに首を傾げる。
「なんだよ隊長、話が見えねぇぜ?」
ちゃんと説明してくれ。と語る二人に、大神は一瞬迷う。
だが、下手に隠しておくと、拗れの原因になることが多いのは経験で立証済みだ。慎重に言葉を選びつつ、大神は口を開いた。
「実は、俺に紐育華撃団への着任要請が来ていてね。」
「えっ……お兄ちゃん、紐育に行っちゃうの?」
不安の色を隠せないアイリスの呟きに、大神は笑みを見せて安心させる。
「いいや。でも、人々を魔の手から守る手助けはしたい。
だから、彼に行ってもらうことにしたのさ。」
「この写真の男にかい?ええっと…大河新次郎。」
大神が写真を付随させた書類をカンナとアイリスはまじまじと見つめる。
「…へぇ〜随分優秀なんだな。」
「お兄ちゃんの代わりってことは、霊力もあるんだね。」
「ああ。それに、とても素直で飲み込みも早いからきっと紐育でも立派にやっていけるさ。」
「やけに詳しいな…隊長、こいつと知り合いなのか?」
先日も交わした記憶のある流れに、大神は心の中だけで笑う。
「ああ。実は彼は俺の甥に当たるんだ。小さい頃一緒に遊んだし、よく知っているよ。」
そして、同じ答えを繰り返す。
このときのカンナとアイリスの顔はまさに鳩が豆鉄砲食らった顔だと、思った。
「はぁ〜…そりゃまた納得と言うか…」
「お兄ちゃんのオスミツキならだいじょうぶだね!」
アイリスの口から出てきた意外な言葉に今度は大神が目を瞬かせるが、すぐにありがとう。と返して目に真剣な光を宿らせる。
「けど、先方はあくまでも実績のある俺にと言ってきてるんだ。けど、俺は行けない。
なら…方便を駆使するしかないよなって思ったのさ。」
飲めない要求。候補者の選定。そして一連の会話。そこから導き出される大神の考えに、カンナはニヤリと笑う。
「ははぁ…読めたぜ、隊長。隊長もだんだん米田のおっさんみたいな悪知恵が働くようになってきたな。」
「それは褒められてるのかな?」
「一応、そのつもりだぜ。」
「???…ねぇ、カンナなんのこと?」
一方、事情が飲み込めないアイリスは頬を膨らませて双方を見つめる。
このままでは拗ねてしまうと一つ咳払いをしてからカンナが屈んでアイリスに耳打ちする。
直球に説明されたアイリスは思いっきり目を見開いて大神を見つめた。秘密だぞ、と口に人差し指を当てる仕草で答えると、こくこくと首を縦に振る。
大神の方便とは…紐育には近々向かうと返答し、大河新次郎を帝国華撃団へと配属させるように見せかけて紐育華撃団への着任を命じる。というものである。
「お兄ちゃん、悪い人だ〜……アイリスたちには嘘ついちゃダメだからね!」
「はは、肝に銘じておくよ。」
本気で睨まれてしまっては苦笑いするしかない。彼女たちに嘘をつく必要など無く過せるよう努めよう、と大神は改めて心に誓った。
「じゃあ隊長、あたいらは食堂で待ってるからなるべく早く来てくれな。」
「お兄ちゃん、また後でね!」
「ああ、すぐに行くよ。」
二人を見送った大神は再び書面に目を落とす。
(そうか、新次郎も霊子甲冑に乗るのか…)
必要事項を記入し、封筒に入れながら大神は改めて思う。新たに紐育から送られてきたデータの中には新型の霊子甲冑の概略も含まれていた。
彼は、この守るための機械を目にしたとき何を思うだろう。
引き出しに封筒を収め、立ち上がった大神は間近の約束を守るために食堂へと向かっていった。
Chapter0-3 春待ちの心には新たな息吹き
大河新次郎の着任が正式に決定したその日、大神は浅草花やしきへと向かった。今日、彼女は翔鯨丸の調整のためにそちらに居るのだ。
「紅蘭!」
組まれた足場の上で緑の作業服に身を包んだ彼女が一息ついたところを見計らって声をかけると、紅蘭は驚きつつも笑顔で振り向いた。
「大神はん!あれ、今日は出かける言うてまへんでしたっけ?」
「ああ、今その帰りなんだ。…ちょっと話がしたいんだけど、時間あるかい?」
「はいな。今降りるさかい、ちょっと待ってな。」
大神の言葉に快く頷いた紅蘭は軽快ながらも慎重に下りてくる。最後の一段で大神が手を差し出すと、少し照れくさそうに掴んで地に足をつけた。
「じゃあ、ウチの作業部屋でええですか?」
「うん、そうだね。見せたいものもあるからその方がいいね。」
「……はぁ〜そうやったんか。」
そう言って紅蘭が大神が携えてきた資料から目を離したのは大神が淹れた三杯目のお茶もすっかり冷え切った頃だった。
「飛行形態が可能ちゅうのはなるほど、それだけ大型化しとるちゅうわけか。
それに、このエイハブとの関係…たしかに、この仕様は帝都には向かんかもしれへんなぁ…」
「ああ、大きさとしては神武が近いかな。
で、聞きたいんだが俺の機体の大太刀の予備はすぐに出せるかい?」
「へ?そりゃ出せますけど…」
「それを、紐育華撃団に送ろうと思うんだ。スターには小太刀しかないからね。」
大神の意図を瞬時に汲めなかった紅蘭は首を傾げるが、次いで脳裏に浮かんだカンナとアイリスの言葉を思い出し、ぽん。と手を叩いた。
「ああ、向こうに行く子は大神はんと同じ剣術なんやね。」
「うん、そうなんだ……やっぱり知れ渡るのは早いなぁ。」
大神の方便は語ったその日のうちに花組に広まった。この伝達の早さにはかえでと目を合わせて苦笑したものだ。
順番としては二番目に知った紅蘭はあっはっはと笑い声を上げる。
「まぁ、今回みたいな場合は下手に隠すとこんがらがるから良かったんとちゃいますか?
おかげで口裏あわせも楽々や。」
「う…そうかもしれないけど……」
「じゃあ、大神はんの予備の大太刀、出しとくように伝えますわ。」
「ああ…よろしく頼むよ。じゃあ―――」
目的を果たした大神は席を立とうとしたが、愛おしそうにスターの図面を見る紅蘭に目を奪われて動きを止めた。そっと平面の機体を撫でる。
「…この子らにも、いつか会うてみたいわ。この子らも、きっと愛される機体になるで。
……なぁ、大神はん…ウチはやっぱり帝都にも飛行能力はあったほうがええと思うんですわ。
この子らは、きっとウチにその実現のヒントをくれる。せやから大神はん、新しい案が纏まったら…その、見てもらえるやろか?必ず一番に見せるさかい。」
「紅蘭……わかった。必ず見せてくれよ。」
こんな真摯な瞳を頭から否定することなんて、できない。
頷く大神に、紅蘭は目元を緩ませる。
「へへ、おおきに…大神はん。
さーて!そういうことなら忙しくなるで!!…ほな、大神はん。失礼しますわ。」
「ああ、また後で。」
資料を丁寧に封筒にしまうと、紅蘭は軽い足取りで作業場へと戻っていった。その背中を見えなくなるまで見送った大神は自分も帝劇への帰路へつく。
(新次郎には、出来る限りのことをしてあげよう。)
記憶の中の彼はいつも自分の後ろをついてきていて、何にでも興味を示し、何事にも全力投球で、たとえ失敗しても挫けることのない真っ直ぐな子供だった。
そんな新次郎を大神も気に入っており、よく二人で話もした。
(でも、本当に士官学校に進んだんだなぁ)
大和を沈めた後、海軍に復帰するまでの僅かな時間だったが里帰りをしたその時も、彼は大神の話を熱心に聴いていた。
機密事項が多いので詳しくは語れなかったが、新次郎の心を掴むには十分だったのだろうか。
(さて、後やっておくべきことは…)
今後の予定を頭の中で並べる大神は無意識のうちに二階へと上がろうとした足を止めて支配人室へと向かわせる。
彼を迎えるのはおそらく支配人室になるだろう。かつて、米田がそうだったように。
それまでに、身体に染み付いた習慣を直さなくては。士官学校を出たばかりとなる彼の手本となれるように。
支配人室の椅子に腰を落ち着けた大神は、息を一つついて頷いた。
Chapter0-4 季節を廻る星が語る今昔物語
立場が変わっても、大神は任務に支障が出ない範囲で雑用もこなしていた。当番製になった夜の見回りにも、当然参加している。
今夜も何時ものように見回りをしているのだが、その手には普段には無い荷物が握られていた。
(とりあえず、空き部屋でいいかな。)
地下、一階と順番に見回ってきた大神は最後に当たる花組隊員たちの部屋が並ぶ廊下を通過し、最奥の部屋の扉の前に立った。
「あら、中尉さーん。見回りですか?」
室内に入り、荷物を置いたと同時に真向かいの部屋の住人の声が聞こえた。
振り返ると半開きにしていた扉の向こうに真紅のネグリジェにショールを羽織った織姫と普段着のままのレニが此方を覗き込んでいた。
「あ、織姫くん。レニ。」
「隊長、その荷物は?」
「これは、明日来る新入隊員の荷物だよ。」
パタンと扉を閉めて廊下へと出てきた大神の言葉に、二人は目を丸くした。
「新入隊員…ってもしかしなくても、紐育に行くって人ですかー!?」
驚きを隠さない織姫の言葉に大神は黙って頷いた。
「ああ。でも建前上、ここに一泊してからの出発になるんだ。」
紐育には大神一郎が向かい、その穴を埋めるべく帝国華撃団に新入隊員が配属される。
と、そうとも取れる文面で報告していた経緯からそのような段階を踏んだ方が良いのではというかえでの提案に、大神は同意した。
そのあらましを小耳に挟んでいた二人は大神が言うところの建前の意味を瞬時に理解してただ頷いた。
「そうなんだ…隊長、いよいよだね。」
静かに呟くレニの瞳はどこか感慨深いものを潜ませていた。隣の織姫も同様だった。
「…中尉さん。わたし達は星組にいたことを、誇りに思っていまーす。」
「そして、今此処に…花組に居ることを嬉しく思うんだ。」
失敗の烙印を押されたかつての星組―――でも、それら無くして今はあり得なかったから。
そんな二人の思いを肌で感じ取った大神はそうか、と短く呟いて力強く頷いた。
「新しい星組は、きっと…いや、必ず素晴らしい組織になるよ。」
「うん…ボクたちもそう思う。」
「なんてったってあのラチェットがちゃんと花組の心を学んでいきましたからね〜!
まさに、鬼に金棒でーす!」
「それに…紐育に行くその人は隊長が信頼してる人なんでしょう?
だから、ボクも信じるよ。星組の未来を…」
「はは、君たちにそう言ってもらえると推薦した甲斐があるよ。」
大神の声に公平さと身内を思う優しさが入り混じっているのを捉えた織姫とレニは目を合わせて、好ましく笑う。
「さ、て、と…それじゃわたしはそろそろ寝まーす。おやすみなさ〜い、チャオ!」
「ボクも、そろそろ休むよ。おやすみ、隊長。」
「ああ、おやすみ二人とも。」
それぞれの私室に戻る二人を見送った大神も一日を終えるべく変わらず使い続けている寝室へと向かう。
今頃、話題に上がっていた彼は江田島にある士官学校宿舎での最後の夜を過していることだろう。人懐っこい性格だったから今頃は門出を祝われているかもしれない。
(いよいよ、か…)
カーテンを開け、星空を見上げながらレニの言葉を反芻する。
明日、彼の新しい物語が始まる。同時に自分にとっても新たな一歩の日となるだろう。
「…さて、じゃあ俺も明日に備えて寝るか。
迎える顔が寝不足じゃ格好がつかないしな。」
就寝の支度を終えた大神はベッドに沈むように横たわった。ぼんやりとしていく意識の中で織姫が先ほど出した名前の人物を思い浮かべる。
ラチェット・アルタイル―――彼女からの手紙が始まりだった。
帝都で過した日々は彼女にとって素晴らしいものだったと。そして今は星組の設立に全力を傾けていると語られた手紙の内容を思い起こすと、大神の脳裏に先日引退した彼女が頭を掠める。
(…………………)
これは杞憂であってほしい。胸に一抹の不安を抱えたまま、大神は意識を手放した。
Chapter0-5 全てを受けて咲く希望の花よ
麗かな春、といった言葉がよく似合う青空が広がっている。今日あたりが上野の桜の見頃だろう。朝食を終えたさくらが中庭で空を見上げながらそう思っていると、背後から自分を呼ぶ声が聞こえた。
「さくらくん、ちょっといいかい?」
その声に振り返ると、いつものモギリ服の大神が右手を軽く上げた姿勢で立っていた。
「はい、なんでしょう?」
「ちょっと人を迎えに行ってもらいたいんだけど、いいかな?」
「あ、はい。大丈夫ですよ。どなたを迎えに行けばいいんですか?」
言いながらお互いに近づき、距離を縮める。隣の距離まで来たところで大神は胸ポケットから一枚の写真を取り出しさくらに渡す。
その写真の人物を見るなり、さくらはあっと声を上げる。
「上野公園の西郷隆盛像の前にいるはずだから、ここまでの道案内を頼むよ。」
見上げた大神の顔はどこか楽しげで。さくらは写真を手にしたままクスクスと笑う。
「わかりました。任せてください!」
「ありがとう。ああ、華撃団配属なのはもう知ってるから劇場のこととかは話しても大丈夫だよ。」
「はい。…大神さんも粋なことをしますね。」
「そうかい?」
照れたように頭をかく大神に笑顔のまま頷く。
「だって、これは演出でしょう?大神司令。」
「はは、やっぱりわかるかい?でも俺が出来ることはここまでだ。その先は…彼次第だよ。」
信頼と期待。誰よりも頼りになるこの人物がまだ見ぬ若き海軍少尉に寄せるものを感じ取り、微笑む。
そんな二人の間に一陣の風が吹き抜ける。その風に誘われたかのように一羽の鳥が高く高く飛翔していく。
「わぁ…あんなに高く……それじゃ、大神さん。行ってきますね!」
「ああ、よろしく頼むよ。」
「はい!」
駆けていくさくらの後姿を見えなくなるまで見送り、再び空へと目を向ける。
風に乗った鳥は、もう何処かへ飛んでいってしまったようで目が覚めるような青だけが広がっていた。
「さて、俺も遅れをとらないように頑張らないとな。」
再び、風が吹く。穏やかなそれが何処からか運んできた花の便りを受けて大神は力強く歩き出した。
刀の替わりに日傘を携えて。
今年も変わらず咲き誇る桜並木を一歩一歩進む。
やがて見えてきたのは真っ白な海軍の制服に身を包んだ一人の少年。
かつて見た人よりも幼さの残る顔立ちだが、希望に輝く誠実な瞳はいつか見たそれと同じで。
「あ、あなたは…!」
日傘を閉じて風に遊ばれる髪を整えて真っ直ぐに視線を合わせる。
「お迎えに参りました。」
微笑むと一瞬のうちに頬を紅潮させて背筋を伸ばした。
「は、はじめましてっ自分は大河新次郎といいます!」
そして生真面目に一礼。
全てが初々しく、全てがどこか懐かしい。微笑んだまま、さくらは一歩踏み出す。
「…大河少尉、こちらへ。
帝国華撃団の本部、大帝国劇場へお連れいたします。」
花を受け継ぎ、星へと届けて輝かせる―――彼ならばできるだろう。
END
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