VS−バーサス−


墨田の流れに誘われて、足を向けるは向島。その訳は向島界隈で評判の味、長命寺の桜餅。
その味を求めて遠方から訪ねる客も多いこの店を、帝都で大人気の帝劇スタアも贔屓している。今日も数人が浅草帰りに立ち寄っていた。
だが、今日はその一行に見慣れぬ女性の姿があった。

帝劇スタアが訪れただけでも少々ざわめく狭い店内が、見慣れに美女に今日は一際ざわめいていたが、店主の一言でいつも通り落ち着いた。
こういう何気ない計らいがあるのから、花組も安心してお茶を楽しむ事ができる。

「へぇー、けっこういい味じゃないか。」

ふわふわと跳ねている銀髪に、ヒビの入ったメガネの奥の瞳は髪によく似たグレー。少々奇抜な深緑の服が良く似合う女性は先日巴里からやって来たロベリア・カルリーニであった。

「ふふん、そうでしょー!ここの桜餅はベッピンなのでーす!」

「織姫、絶品の間違い。」

いつもながら冷静にちょっとしたいい間違えに突っ込むレニに言い返しにくい織姫。
それを楽しそうに見ながら、大神は桜餅を口にほふる。こういった何気ない会話も大神にとっては平和な証として嬉しいものだった。

「でも本当に、ここは桜餅もお茶も美味しいわ。
 すみません、おみやげ用に後で二箱お願いします。」

「はいはい。毎度ありがとうね。
 帝劇のスタアさんにご贔屓いただいて、こちらも嬉しいですよ。」

近くにいた中年の気のいい女性定員に、マリアは人さし指と中指を立てて注文する。
誰かが立ち寄った時は残りのメンバーの分のお土産を。帝劇の中でいつの間にかついたお決まりパターンであった。

「熱っ…」

「レニ、どうかしたのかい?」

レニのごく小さな声に、大神だけが反応した。
その大神の声で全員がレニを見ると、レニは湯飲みの淵と底を持ったまま冷静に返した。

「ううん、大丈夫。少し熱かっただけ。」

「そう言えば、レニは少しトラ舌ぎみでしたね〜」

「織姫、それを言うならネコ舌よ。トラ舌じゃあ、熱いものがまったくダメって事みたいじゃない。」

「それもそうだね。」

クスクスと苦笑いをこぼすマリアと大神に織姫は少し頬を膨らませたが、すぐにつられて笑い出した。

和んだ空気の中、ロベリアはメガネのレンズの間を押してメガネを正すと、黙って斜め向かいに隣同士で座っているとレニと大神を見た。

「―――…ふーん」

そんなロベリアの様子を誰も気づく事はなかった。
レニは、今度はゆっくりとお茶を飲み始めた。



その夜、レニは一人遊戯室に向かっていた。昼間の約束を果たす為に。
遊戯室に入ると、約束を交わした人物は一足早くそこにいた。

「よぉ、待ってたぜレニ。」

レニを迎えたのは薄笑いを浮かべたロベリアだった。

「さぁて、じゃあ早いとこ始めるか…って言いたい所だがな。」

スタスタとドアからロベリアの近くに進む間も、ロベリアはレニを見つめていた。まるで挑戦と挑発をしているかのように。

「勝負内容を変更しないか?」

「…変更?」

ロベリアの唐突な一言に、レニの口が始めて動く。真っ直ぐ見つめ返すレニに、ロベリアの瞳が笑う。

「ああ。まさにアタシらの人生をかけた勝負さ。
 ―――どっちが隊長に選ばれるか。
 どうだ?こんなにワクワクして血が滾る勝負はないだろう。」

馬鹿な勝負だ―――聞いた瞬間、レニの頭に浮かんだ言葉はそれだったのに、口からはまったく逆の言葉が出ていた。

「いいよ。ロベリアの気がすむなら、それで。」

自分の発言に少々驚き、思わず手を口に当てる。
レニの返答を聞いたロベリアは声を上げて笑い出した。

「アッハハハハハハ!!いいぜ!そうこなくちゃな。
 じゃあレニ。悪いけどこの勝負、あたしが勝たせてもらうぜ。」

「…決めるのはボクらじゃない。隊長だけが決められる。」

熱を帯びる蒼い瞳と、炎ゆらめくグレーアイがぶつかりあった。
しばらく続いた無言の戦いに終止符を打ったのはレニだった。すっと視線を流し、ムダのない流れで遊戯室を出ようと背を向ける。

「じゃあ、ボクはこれで。」

ピリピリした空気のまま部屋から去ろうとすると、バンッと勢いよくドアが開かれた。

「ああ!ロベリアさん!それにレニさん!こんな所にいたんですね〜!
 探しましたよ〜〜」

「あ、レニもいる〜よかったぁ。」

「エ、エリカ…何だ、イキナリ?」

「アイリスも…どうかしたの?」

突然の来訪者に戸惑うロベリアと、馴れた様子でアイリスの傍によるレニ。

「うん、あのね…」

アイリスが説明しようとすると、それよりも大きな声でエリカの声が先に響いた。

「イヤだなぁ、ロベリアさんってば忘れちゃったんですか?
 皆さんと一緒にお風呂に入って背中の流しっこするって約束したじゃないですかぁ。」

「いつ、そんな約束をした!!」

嬉しそうに覚えのない約束を口にするエリカに、ロベリアはつい怒鳴ってしまった。
こうなると、もうエリカペースだ。先ほどまでの息苦しい空気は何処へやら。エリカはロベリアの腕をつかんでぐいぐい引っ張る。

「まぁ、いいじゃないですかそんな事。ちゃっちゃと行きましょー!
 お二人も早く!」

ロベリアに怒鳴られつつも、お構いなしに遊戯室を後にする。

「…で、アイリスもレニをおふろに誘おうと思ってエリカと一緒に探してたんだ。
 レニ、みんなで一緒におふろ入ろ!」

「うん。」

そんな二人の後をアイリスもレニも苦笑いを浮かべて追った。
遅れて更衣室につくと、もう全員がそろっていた。
いつもより賑やかな更衣室でも、メンバーが使う脱衣籠の位置は不思議と変わらない。
一足先にアイリスがいつもの籠の位置へ歩む。レニも向かおうとした時、たまたま横にいたロベリアに耳打ちされた。

「レニ…よく覚えておくんだね。どんな勝負の世界に駆け引きがつきもののように
 この勝負にも駆け引きはあるのさ。世の中には、奪う恋もある。」

ロベリアの発言に鋭く反応するレニ。だが、顔を向けた先にロベリアはいなかった。おそらくエリカに引っ張られたのだろう。エリカの隣りの脱衣籠の前に移動していた。
息を一つ吐いて気を落ち着けると、レニもアイリスの隣りに向かった。

(ボクは、隊長を信じぬく。ただそれだけだ……)

外からはまったくそんな様子はないが、レニの恋心は危うい場所に立っていた。一つ踏み外すと落ちてしまう所に。
その心を支えていたのは、大神が口にしてくれた約束だった。

(その約束で、ボクは隊長を…信じられる。)

「?レニ…どうかしたの?」

「…なんでもないよ、アイリス。」

穏やかに告げるレニ。だが、やはり動揺は隠し切れなかったのか、いつもなら気づいたであろう、すぐ近くの脱衣籠にモギリ服が入っていたことに気づかなかった。
その事が思わぬ混乱を巻き起こすのだが、それはまだ数分後の未来の話。

そして、それよりも未来の話―――レニVSロベリアの結末は、想い人の心以外知るものは誰もいない。
どちらかの勝利か、あるいは引き分けか。それは誰にもわからない。


    END

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