我が心を込めて進みし先は
マリアとカンナと別れて地下格納庫へと下りた紅蘭は、渡された光武Fの資料を作業机の上に並べて凝視していた。
一つ一つを事細かく読んでいく。
(中距離攻撃の機関砲……というより、機関銃やな。それに回復能力。
トマホーク・盾装備でグライドホイールでの高速移動を好む…もろ前線タイプやな。
操者のイメージを具現化する小型霊子砲と予備装備のマジークバトン…なんや、可愛らしいなぁ。
シザーハンドにステルス移動……同じ接近形でもグリシーヌ機よりも、隠密性が高いんやな。
シャークアイまでつけて…この子の操者はだいぶ癖がありそうやなぁ。
最後にボウガン………まぁ、弩の機械改良版ってトコやな。唯一の長距離攻撃機やね。
………大神はんのは、相変わらず堅実タイプやなぁ……
さぁて、どないしよか。)
資料から読み取れるものは、あまりにも少なかった。
いくら霊子甲冑に精通している紅蘭と言えど、これだけの資料から強化プランを立てるのは難しい。
「……………………うん!」
紅蘭は暫らくこめかみに鉛筆の背を当てて考え込んでいたが、何かを決したらしく、資料を持って格納庫の奥へと場所を移した。
「えーと……コレ使えそうやな。あ、コレも。
う〜ん…こいつは今ひとつやな。あとは……ああ!アレいけるかもしれへんな!」
知識の無い者から見れば、訳のわからないガラクタを木箱に詰めていく。
資料から得られる僅かな情報と想像で強化プランを立てられるほど、霊子甲冑は甘くない。
もっともっと光武Fの正確な構造を知らなければ命取りになる。
ならば、光武Fのモデルとも言える光武・改の補強パーツとして開発された物の中から、流用できそうな物を厳選して現地に持ち込み、向こうで光武Fとの相性を見て組み込み、または応用して機体強化とする。
これが紅蘭の光武F強化プランの結論だった。
もっとも、現地の技術力は紅蘭の想像の域を越えるほど優れていたので、現地では機体強化ではなく新機体の開発に協力、という事になるのだが、それはまた別の、先の話。
「大きいものは分割して一つの箱に入れて…っと。
よし、こんなもんやな。」
木箱五つ分のパーツを、そばにあった台車に載せて格納庫入り口まで運ぶ。
ふと、ある光武の前で足を止める。武器の付いていない白い光武―――――
(…大神はんは、向こうでも二本の大太刀で戦ってるんや。
………大神はんの一番の相棒はあの刀なのかもしれへんな……)
そう思った瞬間、目から頬をつたうものがこぼれた。
(あ、あれ……な、なんで涙が出るんや?
別に泣く理由なんて何んにも……―――――)
台車に手をかけたまま、紅蘭はその場にしゃがみこんだ。
くやしい―――――
その場でサポートできなかった自分へか、「敗北」という事実へか、それともまた別の何かなのかは知れないが
この感覚の名は「くやしい」が相応しかった。
(もぅ……わけわからへん……なんで、涙が出るんやろ…―――)
一度吹き出した感情の流れは、なかなか押さえがつかない。
紅蘭はいつしか白い光武に寄りかかっていた。
「…おい、誰かいるのか?」
突然入り口から聞こえた渋い声に、紅蘭は飛びかかった意識を元に戻し、涙を拭うと努めて明るい返事をした。
「よ……米田はん、ウチです。何かありましたんか?」
「お。やっぱり紅蘭か。
―――いや、下から明かりが漏れていたから…ちょいと見に来ただけだ…。」
紅蘭の声に違和感を感じた米田は格納庫の中へ入り、白い光武の側に立つ彼女を見て声の調子を落とす。
「おい、紅蘭…お前ぇ…―――」
「な、なんですか?米田はん。」
泣き後を残し、無理やり笑顔を見せる紅蘭は、いやに痛々しかった。
そんな紅蘭の頭に、米田は手を置いてポンポンッと優しく撫でた。
「米田はん…?」
「……やっぱり、辛かったか。」
苦笑い、という表現が一番近い顔を浮かべた米田の言葉に、紅蘭は伏し目になる。
(ったく………思った通りだぜ…)
米田が巴里華撃団の敗北の知らせをすぐに花組に伝えなかった理由は、コレだった。
大神という人間の大きさを米田は良く知っていた。そして、彼が花組に与える影響も―――
死傷者はなし。向こうも手を打たない訳ではないだろうし、大神がいれば「敗北」から立ち直れるだろうという、指令らしくない楽観もあったのかもしれない。
しかし、敗北後の怪人との再戦はさくら達がいなければ、また負けていたかもしれないという結果が出てしまった。
そして巴里からの協力要請―――ここまで来てしまったら話さない訳にはいかなかった。
そして、一刻も早く巴里へ向かわせる必要があった。今ここで巴里華撃団を、大神を失う事は、なんとしても避けなければならなかった。
(…けどよぉ……しょうがない奴だぜ。大切な娘を泣かせやがって…)
彼女らを見守る身としては、やはり見たくないものなのだ。
米田が頭を撫でていると、意外な言葉が紅蘭の口から出てきた。
「なぁ、米田はん……ウチは刀になれるんやろか……」
その言葉は、米田を驚愕させるには十分だった。頭に置いていた手を放し、紅蘭の顔を覗き込む。
紅蘭の顔は虚ろと決意が複雑に絡み合っていた。
「おい…紅蘭……?」
「ウチ、今回みたいな事…もう絶対に起きてほしくないんや。
せやから、ウチは“刀”になりたいんや。
みんなを守る刀に………大神はんを守る刀に。せやから……」
「バカやろう!!そんなことっ…大神も……誰も望んじゃいねぇ!!」
紅蘭の両肩を強く掴み、米田は夜叉のごとき表情で叫ぶ。
「“刀”になるなんて……そんな事言うんじゃねぇ!そんなものになりたいなんて言うんじゃねぇ!!」
「けど、米田はん……!」
異論を唱えようとする紅蘭を、鋭い眼光で射抜き、凍らせて言葉を続ける。
「お前ぇにしかできねぇことがあるだろ!!
戦場で身を守り、戦う霊子甲冑―――光武の事はお前ぇ以外に誰が力になれるってんだ!!」
米田の心からの叫びに、紅蘭はハッと自らの出来る事、すべき事を思い出す。
虚ろと決意の中から虚ろが消えていく。
その顔の変化を見て、米田は痛いくらい込めていた両腕の力を抜き、今度は諭すような落ち着いた声で言葉を紡ぐ。
「わかったか?“刀”なんて言うんじゃねぇよ。
……どうしても、なりたいんだったら“鞘”になりな。」
「鞘……でっか?」
「そうだ。
鞘のない刀は振るい続けるか、抜き身のまま捨てていくしかねぇが
鞘があればそこに刀を納めて休む事だって出来る。刀を守る事だってな。」
米田の言葉は重く暖かだった。
切り守るものではなく、包み守るものになれ―――――
紅蘭は今度こそ、心からの笑顔を見せる。
「うん。わかった………おおきに、米田はん。
ウチは一番大切な事を、見失っていたんやな。
もう大丈夫や!!ウチはウチで頑張りますわ!」
いつもの笑顔。その笑顔に米田もいつもの顔に戻り、豪快に笑う。
「よし、それでこそ紅蘭だ。
じゃあ、早いとこ明日……ってもう今日だな。巴里に行く準備をしてこいや。
あれから、まだ部屋に帰ってねぇんだろ?」
「せやな。ほんなら米田はん、ウチ部屋に戻りますわ。
あ、その木箱が巴里に持っていくパーツやから…」
台車に載せたまま放って置いてしまった木箱を指さす。
顔と態度で紅蘭の言いたいことを汲んだ米田は頷いて返す。
「ああ、まかせときな。
風組と月組にしっかりと飛行場まで運ばせておくぜ。」
「おおきに、米田はん!やっぱり話がわかるわ〜
…ほんなら、また後で……」
パタパタと階段を上がる音を残して、紅蘭は自室へ戻っていった。
残された米田は、自嘲した笑みを浮かべる。
「俺もまだまだだぜ……満足に説得も出来やしねぇ……
…矛盾してるじゃねーか…」
紅蘭が笑ってくれたから良かったものの、今の話は突き詰めていくと“鞘”は“刀”以上に過酷な結果になってしまうのだ。
刀在るうちは刀を守り、刀なき後はその刀と運命を共にしなくてはならない。
―――――戦場へと背中を押す言葉とも取れる例えだったのだ。
「…しくじっちまったなぁ……」
そんな事など、望んではないのに―――――
できれば、戦場から遠ざかって舞っていてほしい。
(けど、軍人であるあいつと一緒にいられる今一番確実な場所は…おそらく……
―――……まだまだ問題は尽きねぇなぁ…)
普段は決して見せる事の無い重たい影を背負って、米田も格納庫を後にした。
その日の15:00。
予定通りマリアとカンナ、紅蘭は巴里へ発って行った。
あの人の力となるべく―――――
それを見送り、大帝国劇場・支配人室に戻った米田は、机の上にぽつんと置かれた立方体に気がついた。
「なんでぇ、こりゃあ……もしかして…」
人さし指で突付いてみると、ポンッと爆発した。米田の差出人予想は見事に的中したようだ。
そして―――――
『へへ〜米田はん、びっくりしました?
ウチが発明した「びっくりくん」と「つたえてくん3号」の合作やで!』
爆発した箱から、紅蘭の声と機械音が聞こえてきた。
どうやら、ビックリ箱と録音再生機を合わせたものらしい。
『米田はん、昨日の…あれ?今日でしたっけ??
まぁ、ええわ。昨日の話、おおきに。
あれからウチ、部屋に帰って“刀”と“鞘”についてちょっと考えたんや。
……ウチはどっちにもならへんことに決めました。
ウチは“ネジ”になるんや。
どんな物を作るにも、ネジは絶対に必要なんや。
ちいちゃくても、大事な大事なもんなんや!せやから…そんな風にウチも………
それに、ウチが得意なのは機械いじりやさかい。ピッタリやと思いまへんか?
ああっそろそろ時間や!!
ほんなら、米田はん。いってきますわ!
ウチがいない間、お酒飲み過ぎたらあきまへんで〜!』
再生機から聞こえる声は明るかった。再生時間が過ぎて暫らくの間、米田はその場に立ち尽くしていた。
そして、堪えきれず笑い出した。
「だぁっはははは……一本取られたぜ紅蘭!!
たしかにお前には“ネジ”がピッタリだな。」
なぜだか、嬉しい気持ちで溢れていた。
「おい、紅蘭。何やってんだ?」
少々揺れる機体の中に備え付けられた机の上で、工具を操っている紅蘭の手元をカンナが覗き込む。
「ああ、カンナはん。
巴里に着いたら、大神はんにウチの最新の発明を見てもらおと思うてな!」
カンナの問いに嬉しそうに顔を上げて答える。
そんな紅蘭の笑顔を受け入れつつも、カンナは少し不安そうな顔をする。
「そりゃあ、いいけど……この中で爆発はさせるんじゃねぇぞ。
落ちたらそれこそ一大事だからな!」
「失っ礼やな〜大丈夫やて!そんな事絶対に……」
言いながら、電線を繋げようとするとパチッと一瞬火花が散った。そして―――
―――黒煙と共に黒焦げになった紅蘭とカンナがいた。
「こ〜う〜ら〜んん〜〜〜…!?」
「ま、またやってもたぁ〜〜〜」
「まったく…しょーがねぇなぁ〜〜」
乾いた笑いをするしかない紅蘭と苦笑いを浮かべるカンナのやり取り一部始終を、安全な遠くから見ていたマリアは静かに笑みをこぼす。
(隊長、みんな相変わらずですよ。)
(やっぱり、もう俺からお前らに教える事はねぇな。
老兵はただ去るのみ……ってか?)
「やれやれ……」
ドカッとイスに腰掛け、机の影からとっておきの一本を取り出す。
お気に入りの御猪口でくいっと飲む。酒は控えろ、と言われたばかりだが、どうしても一口いきたかった。
密かなる祝い酒。
「これからは、お前たちの時代だ。
見せてくれや、この老いぼれに…お前たちの未来をよ。」
セピア色の四人の写真と色あせ気味の九人の写真、そして最新の写真機で撮られた総天然色の十一人の写真を見つめ、もう一口いく。
時代を切り開いてきたかつての若者と、これからの若者の時は静かに交わり
前人未到の明日を明るく照らす。
それは、絶えることの無い希望の光となり、心に宿る。
―――――それこそが、荒唐無稽な道の唯一の標
END
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