そこに、女房に案内され、上手の階段から静々と降りてくる美女。
公子、御座を離れ立ち上がる。
女房手を放し、公子の前へ。
女房「青玉殿でございます。」
美女、小さく辺りを見回すと、公子を目に入れる。
公子「…よく見えた。」
手を差し出し、美女に近づこうとすると、美女その場に崩れる。
美女「ああっ……」
女房「どうしました?!
貴女、どうなさいました?」
女房、美女の肩を抱く。
美女「はい…覚悟していたとはいえ、あまりにも恐ろしゅうございます…!」
女房「まぁ、若様。その刀。お放しくださいまし。
驚くのも無理はございません。」
公子「…放しても良い。」
刀を外そうとするが、手を放す。
公子「が、放さなくても良かろう。
最初に見た目は何処までも付きまとう。
……貴女。貴女はこれを恐れてはいけない。
私はこれがあるために強い。
今もこれで、赤鮫から召し使う女を助けたのです。」
美女「おお…やはりここはそんな恐ろしいところなのでございますか?」
公子「貴女。敵のいない国が何処にあるのです。
この力は、あなたを敵(あだ)から守る為。
私は爪を以って、角を以って、鱗を以って、貴女を愛す。
私は二人であるときも、これを放すまいと思う。」
公子の嘘のない澄んだ言葉に、美女は少し顔を上げる。
公子の方へ身体を向け、頭と腕をつけて礼をする。
美女「父に海の幸をお授けくださいました、津波のお強さ…」
わずかばかり、顔を上げ、公子を見ると、ほんの少し身体を横に向け言葉を続ける。
美女「船を覆して、ここへお連れになったお力…貴方(あなた)のご威光は、よくわかりましたのでございます。」
公子「……そこへお掛け。」
公子、美女に椅子を勧める。公子自身は、その並びの下手側の椅子に掛ける。
女房に手を取られ、立ち上がる。
椅子の近くに来た所で、目を見張る。
美女「まぁ…!
これは珊瑚!?
父にくださいました枝より数倍の……」
公子「あれは草です。
比べればここのは大樹だ。
その椅子の丈は、陸の山よりも高い。」
美女「それほどに……」
公子「例えです。」
本気に思っていた美女、恥ずかしそうに苦笑いを見せる。
美女「お、お恥ずかしい…」
公子「恥ずかしがる事はない。
陸には名山・名水がある。
生き物のような大河がある。
絵は貴い。」
美女「あんな事をおっしゃいます。絵は生きてはおりません。」
公子「いや、色彩は皆生きて動くぞ。
中にも人は美しい。
だが、人間はそういった美しい物を見て見ないふりをする。
だから、人が全てが貴い、美しいとは言わぬ。
だが、美しく貴いものは滅びない。
……中にも貴女は美しい。」
公子の言葉を受け、戸惑う美女
公子「だからここへ迎えいったのです。
滅ぼす力を持つものが、滅びないものを守り、かつ愛すのだ。
あなたは喜ばねばいけない。悲しんではいかんのです。」
女房「貴女、おっしゃる通りですよ。
決してお嘆きなさる事はございますまい。」
横についていた女房の言葉を受け、美女は立ち上がりて口を開く。
美女「いいえ。嘆きは致しません、悲しみは致しません。
ただ、嘆きます者悲しみます者に、私のこの様子を見ることが出来ましたらと……」
女房「人間の目には見えません。」
美女「故郷の人たちには?」
公子「見えない。」
美女「私の親には?」
公子「貴女は見えると思うのか?」
美女「だって…こうして活きていますもの。」
公子「無論、活きている。
しかし貴女。舟に流された時、どういった気持ちで出たのですか?」
美女「それは……死ぬことと思いました。
故郷の人もそう思い…分けても、親は嘆き悲しみました。」
公子「貴女の親は、悲しむ事など少しもなかろう。
初めからそのつもりで約束の財を得た!しかも満足だといった!!」
美女「けれども!
……親子の、情愛でございます。」
公子「…勝手な愛情だね。
もし、それが本当なら海の宝を波に返した約束を戻せばよかったものを。」
美女「ですが、既に宝は金銀に変わり、家倉に変わっていました。」
公子「では、倉を壊し、金銀を施し、元の網一つの漁師になっても、約束を戻せばよかった!
だがしなかった!!
それの何処が愛情なのだ?
そんなことを思って、貴女は悲しんではいけない。」
公子の一理ある言葉に、美女は顔を伏せる。
公子、女房を呼び、手箱を持ってこさせ開ける。
その中にしまいしものを、美女の指に通す。
それを見た美女、手を高く掲げその指輪の輝きを見る。そして、微笑む。
美女「私は、初めから決して嘆いてはいないのです!
父は哀しみ、村人は哀れがりました。
ですが私は…父親の約束で海に取られていく…これが夢なら船は沈みはしまいと。
もし、本当に波に引き入れるものがあれば
それは生あるもの、形あるもの…
心あり、声あり、魂あり…声あるものに違いない。
その上、威があり、光があり、栄えあるものに違いないと思ったのです!
そう思って、嘆き悲しみも…落ち着きすぎもしなかったのです。
船が沈まなければ無事なんです。命はあるのですもの!
覆す手があれば、それは活きている手なんです!
その手にすがって、海の中に生きられると思ったのです!」
美女の告白に、公子、感心したように声を出し、女房に話す。
公子「いやぁ……この女は偉いぞ!
初めから嘆いてはおらん、慰めすかすことはない!!
私は哀れな花と思った…だが違う。これは楽しく歌う鳥だ。
面白い、それも良かろう。
おい、酒だ。」
女房、一つ頷くと手を叩く。
女房「お酒を!お支度を!!」
女房(かえで)「はぁ〜い。ただ今!」(声のみ)
美女、公子、共に椅子につき、酒を待つ。
腰元(アイリス、織姫)が酒瓶とグラスを持って注ぎ、それぞれに渡し、さがっていく。
女房「さ、召し上がりまし。」
美女「私はちっとも……」
公子「貴女。少しも辛くはない。」
女房「貴女のは薄紅と桃の露。
あちらは菊花の雫です。
海では最上の飲み物です。お気が涼しくなられます。
さ、どうぞ。」
美女、女房より受け取り、裾で口元を隠しながら、酒を飲む。
公子も飲む。
飲み干した美女、なんとも表現しがたい、涼やいだ顔を見せる。
美女「ああ……何という涼しい、爽やいだ……蘇ったような気がします!」
公子「蘇ったのではない。
さらに新しい命を得たのです。」
美女「嬉しい…嬉しい!嬉しい!!」
美女、華やかな顔で公子の傍へ
美女「貴方、私がこうして活きている事を、見せてやりとうございます。」
公子「別に見せる必要はないでしょう。」
美女「でも村の者は私が死んだと思っております。」
公子「勝手に思わせておけばよい。」
美女「ですけれども……」
公子「…その情愛とやらで見せたいのか?」
美女「ええ。
父をはじめ、村の者……それから、皆に知らせなくては残念です。」
公子「……帰りたいか?故郷に…」
美女「いいえ。」
美女、少しも迷う様子なく、言葉を紡ぐ。
美女「この宮殿、この指輪…
この酒、この栄華!
…私は故郷へなぞ、帰りたくないのです・」
公子「では、何が知らせたいのです?」
美女「だって貴方。
人に知られないで活きているのは、活きているのではないのですもの。」
公子「なに?」
訝しげな顔を見せる公子。美女はそれに気づかず続ける。
美女「誰も知らない命は命ではありません。
この指輪も……人が見ないのでは、何の価値もないのです。」
うっとりと、指輪の輝きを見る美女。
その美女に鋭い声を掛ける公子。
公子「それはいかん!!」
びくりと、肩をすくめる美女。
公子「貴女は栄華を見せびらがしたいのだな。それはいかん!!
人は自己、自分で満足をしなければならない!
人は自分で活きればよい。命を保てばよい。
しかも、愛する者とともに活きれば少しも不満はなかろうと思う!
その指輪とて!手箱に収めれば宝石そのものの価値は保つ。
人に与うる時、十倍もの光を放つ。
しかし、人に見せびらかす時…その艶は黒くなり、その質は醜くなる!」
美女「え、ええ……ですから…お許しくださいますなら
ここにおいでになる間に見たお庭の宝玉の一つも
きっと慈善に施して参ります。」
公子「…ここの者はすべて貴女の物だ。施すのは良い。
が、しかし、人知れずでなければいけない。」
美女「それでは何にもなりません。
何のかいもありません。」
公子「………ずいぶん勝手を言う。」
怒気を含んだ公子の言葉に、美女は口を閉じる。
公子「…だが、貴女の美しさに免じて許す。
歌う鳥が囀るんだ。
……声が可愛いからいいんだ。
おい、酒を注げ。」
女房が酒の準備をして渡す。
美女、恐れるように許しをこう。
美女「お許しください。
もうもう…けっして見栄を見せようとは致しません。
けどあの……ただ活きている事を知らせとうございます。」
公子「止した方が良かろう。」
美女「いいえ、故郷へ帰って、其処に留まる気は露ほどもないのです。
お許しを受けまして、命のありますことだけを……
………お許しはくださいませんか?
ちっとの外出も、なりませんか?」
美女、その場に座り込む。
公子「ここは牢獄ではない。
大自由、大自在の領分だ。
貴女には既に心を許して、秘蔵の酒を飲ませた。
海の果て、陸の終わり…思うていけないところはない。
故郷の海へは瞬きをする間に行けよう。」
公子、立ち上がり美女の肩に手を置く。
公子「が、残念です。
貴女にその見栄と驕りの心さえなければ
一生聞かなくても良い、また聞かせたくないことだった。
…貴女。ここに来た貴女はもう人間ではない。」
美女「ええっ?!」
公子「蛇身になった。
美しい蛇になったんだ。」
美女、衝撃のあまり、ふらつき、顔、肩、髪を触る。
美女「いいえ…いいえ、いいえ!
何処も蛇にはなりませぬ!一枚の鱗もありません!!」
公子「無論ここでは蛇ではない、美しい女だ!!
だが…人間が見る目だ!人の眼だ!!
貴女の父親!貴女の村の者!貴女の世界!
貴女を見る目は、誰も残らず大蛇と見る!!」
美女「嘘です!嘘です!!
人を呪って……人を詛って(のろって)……!
貴方こそ毒蛇です!!
…親のために沈んだ身が、蛇になどなるはずがない!!
帰してください…!
故郷へ帰してください!!」
美女、公子のマントを掴み、叫ぶ。
公子「大自在の国だ。勝手に行くが良い。
そして試すが良かろう。」
美女「どこに……故郷の海は…何処に!?」
女房「あれ、あそこに…」
美女の肩を抱き、女房が一点を指す。
舞台暗転。
美女と女房がいた位置が沈む。
下手より、三味線を抱えた雲国斉が登場。
雲国斉「鱗で、角で、爪で愛す。
そして世界から貴女を守る。
生きる国は違えど、強い男のその言葉。
女の心は揺らいだのであります。
陸の女は海の命を飲み干して、その精神は大自由、大自在。
永遠の命を手に入れました。
この姿を、一目親に見せたいと、陸の女は海の男の言う事を聞かず
陸の上へと飛び立った。」
煙が吹き、上手に白い大蛇が現れる。
それを見た村人(三人ほど…一人は大神)、驚き惑い、娘の父親を呼ぶ
娘の父親も驚き、腰を抜かし逃げ行く。
雲国斉「ああ、懐かしや我が故郷ぉ〜ぉぉ
訪ねる我が家の軒先でぇぇ〜〜
人は女を蛇と見る、大蛇と見るぅ〜
既にその身は海のものとなったが、せめて、真の心を見てほしかった。
何故見てくれぬ、何故見てく〜れ〜ぬぅ〜〜
悲嘆にくれて女が海の底、青玉殿に戻り来るぅ〜〜〜」
ベンベンベンと、三味線鳴らして帰っていく雲国斉。
舞台は再び生玉殿へ。嘆く女は白い衣をはおる。その衣は白き大蛇となりていた証拠。
泣きくれる美女を、女房が慰める。
御座に座った公子は、そのままの姿勢で美女を見る。
公子「故郷はどうでした?」
泣き続け、返事をしない美女。
公子「どうした?私が言った通りであろう。」
女房「若様は悲しむのがお嫌いであります。
ここは楽しむ所、歌う所でございます。さ。」
美女「ええ、ええ!
貴女方は楽しいでしょう!嬉しいでしょう!
私は……泣きくれて死にますぅぅぅ……っ……」
公子「死ぬまで泣かれたたまるものか。
あんな国に何の未練がある。」
美女「お許しなくばどうなりと!!
……ええ、ええ…故郷の事も、私の身体も…みんな貴方の魔法なのです!!」
公子「私の…魔法だと?
何処まで疑う!お前を蛇と見るのは人の目だというに!!
まだわからぬか!?
女、悲しむ者は殺す!」
美女「ええ!ええ!お殺しなさいませ!!
どうせ、活きられる身体ではないのです!!」
公子「…黒潮騎士団はおらぬか。」
黒潮騎士「はっ」
呼ばれて、下手より黒潮騎士たちが膝をつく。
公子「この女を処刑しろ。」
黒潮騎士「はっ」
公子の命を受け、女を囲もうとする。
すると、女房が両手を広げて、騎士と美女の間に入る。
女房「ああ!!」
公子「止めるか。」
女房「お床が血で汚れは致しませぬか?!」
公子「美しい女だ。
花びらが蕊と分かれるのと同じだ。後は手箱にしまっておこう。
殺せ。」
公子の言葉に、女房引く。
黒潮騎士「引き出せ。」
美女を一歩前へ出させ、槍で囲む。
黒潮騎士「はぁっ」
槍を美女に構える。
美女、黒潮騎士を一瞥し、公子に申す。
美女「貴方。
こんな輩の槍にかかって死ぬのは嫌です。
お卑怯な!見ていないでご自分でお殺しなさいまし!!!」
はっきりと公子を指さす。
公子「皆下がれ。」
黒潮騎士「…はっ」
黒潮騎士団、女房。公子の言葉通り舞台から去る。
公子、ゆっくりと刀を抜く。
美女、その顔を見て
美女「ああ……貴方が私を斬る……
私を殺す……」
公子「ああ…斬る。
ああ…殺す!」
美女「嬉しい……」
美女の言葉に、うろたえる公子
♪すべては海へ
………ここまで物語にピッタリだと、もはや何もいえません。
美しく、深い……恋の歌。
途中の日本舞踊がまた素敵です。
歌い終わり、舞台は蒼に包まれた空間へ……
美女、辺りを見回す。
白い花の弁が…それとも水泡か。
空より舞います。
美女「花がうつります…
花が香ります…
花の調べが聞こえます…
ここは…極楽でしょうか?」
公子「…女の行く極楽に男はいない。
男の行く極楽に女はいない。
ここはお前と私の場所だ。」
美女「……幾久しく。」
二人が立つ所が、高く上がる。
美女、公子。互いに見つめあい、そして抱き合い、そして………口付ける。
美女の白き衣を挟んで舞を踊る二人。
再び白き衣を公子に纏うてもらい、美女と見つめ合う。
美女が座り、公子が抱く姿勢で、幕が下りる。
会場からは惜しみのない拍手が。
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