第二幕その2
所変わってここは竹やぶが近くにある小さな神社。時刻は夕方。逢魔ヶ時…上手から、もんぺ姿の女性が赤ちゃんを背負って通りがかります。
―――初日・千穐楽
下手から通りがかった金田先生が、それを優しい目で見てすれ違うと、神社の前で立ち止まって巾着からお賽銭を取り出し、それを投げ入れて鈴を鳴らして願い事。
金田「どうか、いい台本が書けますように。」
二回手を叩いて目をつぶる金田先生。そこに、上手からさくらがやってきます。
さくら「金田先生!」
金田「あ、さくらさん!さくらさんもお参りですか?」
さくら「ええ、ここ芸能の神様ですから。」
なるほど。小さいけれど舞台に携わる人にはご利益がある神社なのかもしれませんね。
二人で笑顔をかわし、さくらが金田先生に話題を振ります。
さくら「金田先生、台本の方はどうですか?」
金田「いや、それがでげすね〜最後の最後で行き詰っちゃいましてね。キメ台詞が思いつかなくてね〜
こう、お客さんをグッと惹き付けるビシッと決まる台詞を書きたいんですが、それが書けない。
だから、神頼みってやつですよ。」
さくら「台詞だけに頼らなくてもいいんじゃないですか?もっと役者を信頼しても―――」
お恥ずかしい、と扇子で扇いでいた金田先生ですが、さくらの一言に一瞬にして険しい顔になります。
金田「…なんだって!?」
さくら「!!…す、すみません…余計な事を言いまして…」
その怒ったような口調に、さくらは顔をうつむき、肩を小さくして金田先生を直視できません。
金田「役者を信頼しろって!?」
さくら「出すぎたマネを…!」
金田「仰るとおりですよ!(え?と顔を上げるさくらさん)
いや、さくらさんありがとう!今ね、見えてきましたよ舞台に立つクレモンティーヌが!
純情可憐な花売り、クレモンティーヌ!(手を組んで、右足を伸ばした乙女のポーズを取る金田先生)
……うん、見えてきた。ありがとう!さくらさん、ありがとう〜!!」
なにか吹っ切れたように軽い足取りで下手へと去っていく金田先生を、さくらは手を振って見送ります。
―――――
それを暖かい目で見るのは、ボロボロの鞄を手にした武田です。下手から入ってきて、神社の前で立ち止まると、お賽銭を投げて鈴を鳴らして手を合わせます。
武田「ボスとアニキ!それから、街のみんなが健康でありますように!」
ああ…武田はダンディ団と銀座という街を愛していたんだなぁ…としみじみ。
手を二回叩いてそう願うと同時に、さくらが上手からやってきて声をかけます。
さくら「あ、武田さん!」
武田「さくらさん…!」
さくら「ご旅行ですか?」
武田「いや…ブラジルに、帰るんすよ。」
武田が手にしていた鞄を見て訊ねた答えは、意外なものでさくらは「え?」と驚きを隠さずさらに聞きます。
さくら「…ダンディ団、辞めちゃうんですか…?」
武田「…辞めました。
それで、事業をやろうと思うんです!
ブラジルの小さなコーヒー農園の権利を買いました。
額に汗して、がんばってみようかなって!」
ですが、その目的が真面目に生きようと前を向いているものだとわかったさくらさんは、ぱっと笑顔になって語りながら前に出た武田の隣に立ち、力強くその手を握ります。
さくら「頑張ってくださいね、武田さん!」
武田「(さくらに手を握られて)は、はい!
…俺、花組さんにたくさん夢貰いました。
だから、ギャング辞めてブラジルに帰るんです。
俺、夢に向かって走ります!
だから、花組さんも舞台…頑張ってください!」
さくら「……はい!」
鞄を手に、自分の向かいたい先を見る武田がみせた笑顔に、さくらはしっかりと頷く。
それを見た武田は立ち去ろうとするのですが、はたと気づいて鞄を置いてポケットからホイッスルを取り出します。
武田「あ…じゃあ、俺、最後に踊ります!」
さくら「結構です。」
が、さくらさんは武田の顔の前にすっと右手を出してやんわりと、だけどはっきりと爽やかな笑顔で断ってました。(笑)
一瞬吹かれた笛がぴゅるるるる……とむなしい音を出してポケットに戻されます。(爆)
武田「そ、そうっすよね……
あ!じゃあ手紙、書きます!」
が、さくらさんは先ほどと同じようにすっと右手を前に!
思わず、持ち直した鞄をドンっと落とす武田ですが、さくらの手はすぐに下ろされて、今度は優しい笑顔を浮かべて頷きます。
さくら「……はい。」
よ、よかった…と思わず呟く武田です。(笑)
気持ちを新たに、鞄を持った武田は数歩下がってさくらに頭を下げる。
武田「じゃあ、あっしはこれで…お元気で!」
さくら「……さようなら…」
さくらも、武田に別れの言葉を口にして頭を下げました。
新たな場所へと旅立つ武田はそれ以上、何も言わず下手へと走り去って行きました。
それを、見えなくなるまで見送ったさくらは、自分を納得させるように数回頷く。
さくら「…よし、あたしも頑張るぞ!」
ぐっと拳を握って、決も新たに武田がお参りしていた神社に同じように鐘を鳴らして、手を合わせます。
さくら「……愛ゆえにの舞台が、上手に出来ますように。」
願いを込めてぱん、ぱん!と二回叩いた瞬間、空気を切り裂くような女性の悲鳴が!!
さくら「!!」
緊迫した音楽が流れると、神社の裏や上手から人造人間たちが現れて、あっという間にさくらを取り囲みますが、そこは数々の戦場を切り抜けてきたさくらさん。
即座に構えを取り、襲い来る人造人間たちをかわし、神社のすぐ横にあった崩れた木材の一つを手にすると、それを刀代わりに突きつけます。
さくら「……懲りないわね。」
ひと睨みし、再び激しい攻防戦を繰り広げ、なんとか活路を開けるか、というところに響く声が!
モンスター「ソコマデダ!」
声と共に下手側の竹やぶの裏から現れたのは、無表情の剣を手にしたモンスター。
だが、空いているもう片方の手には、先ほど通りがかった赤子を抱えた女性が!
さくら「卑怯な!その人を放してください!」
モンスター「オマエ、観念スレバ、コイツ助ケル。」
無造作に女性を前に転がすと、赤子だけは傷つけまいと必死に抱える女性を足蹴にするモンスター。
さくらは、その女性と以前取り囲む人造人間たちを順番に見た後、武器としていた木材を手放す。
モンスター「オマエ、バカ。他人ノタメニ、命ステル。」
さくら「……その人を放して。」
さくらの行動に冷ややかな声を発するモンスター。務めておだやかな声のさくらに、一応は女性を立たせますが…
モンスター「…三人トモ、死ネ。」
どんっとさくらの方へ突き出すと同時に「どりゃああぁぁ!!」と剣を振り下ろす!間一髪、女性を引き寄せて、背中に回したさくらが攻撃を再開した人造人間たちの刃を受け止めつつ、上手に向かうよう肩を押す。
さくら「早く逃げて!早く!!」
叫ぶさくらに、必死に女性は頷いて上手へ。
多勢に無勢、かばいながら戦っていたさくらに隙が出来る。
モンスター「モラッタッ」
さくら「!!?」
そこを、モンスターは味方である人造人間ごとさくらを背中から貫く。
そして素早く剣を引き抜き、すれ違いざまにさくらをさらに切る。(さくらと共に貫かれた人造人間は、一時倒れるも、さくらが切りつけられてる間に立ち上がって普通に動いている)
切られたさくらは、舞台中央で力なく崩れ落ちる。が、それでもなんとか立ち上がろうともがくさくらにモンスターは何も言わずに近寄る。
カンナ「お〜〜い、さくらぁ〜!」
突如聞こえてきた声に、一瞬顔を上げるモンスターですが、それに構わず倒れるさくらの腹部に留めの一突き。
さくら「っぁ!!」
びくっとその衝撃と痛みに目を閉じたまま顔を一瞬上げるさくら。
だが、すぐに力なく頭を落とすと、びくびくと身体を痙攣させて、一言も喋れない状態に。
やはり無感情に剣を引きずるように竹やぶの裏へと去ったモンスター。人造人間たちも、クモの子を散らすように神社の裏や上手に。
一人取り残されるさくら。
そこに、先ほどの声の主である首に手拭いをかけたカンナが下手からやってきます。
カンナ「さくら〜、お参りすんだか〜?
…って、さくらっ!!!」
予想だにしていなかった惨状に、一瞬にしてカンナの声が緊迫したものに。
さくらに駆け寄り、背中を起こして支えるも、さくらの現状にうろたえるばかり。
カンナ「大丈夫か、さくら!?すごい血だ(手拭いで傷口を押さえて)……誰にやられた?!」
さくら「モ、モンスター…に……」
カンナ「おい!傷は浅いぞ、しっかりしろ!」
さくら「(カンナの手を取って)カ、カンナさん…あたし、もう……ダメです……」
カンナ「何言ってんだ!お前がいなきゃ「愛ゆえに」の幕が開かねぇだろ!
なに、こんな傷、医療ポッドで一晩寝りゃ…!」
さくら「…………」
カンナ「おい!さくら!!…なんとか言えよ!!
死ぬなぁ!!!さくらーー!!!」
がくり、と首から力の抜けたさくらを、泣きながら抱きしめるカンナ。
カンナの泣き顔にスポットが当たり、ゆっくりと消えて暗転。
物悲しい音楽が流れる中、場面は変わり、地下の暗闇博士の住処に。
一幕と同様、下手の方に住処が現れ、人造人間たちに囲まれて座っている暗闇博士にスポットが当たる。
暗闇博士「あんな女どもの霊力など、なんの役にも立たぬ!
(前に歩み出て)わたしが長年研究した、降魔の細胞から作り出したこの不死身の人造人間こそ
帝都防衛の兵器として優秀なのだに!
それを、何故わからぬ!悔しいぃーー!!
(キッと前を睨みつけて)…今に見ていろ!この人造人間たちが帝都を脅かし
あの花組を倒してみせれば、この私の研究が正しいことを証明できる!
はーっはっはっはっはっは!!……ぐっ(苦しそうに胸を押さえて、膝をつく)
そ、そのとき…賢人機関はわたしの前にひれ伏すのだ!!
ひひっ…ひゃはははははっ!!」
狂ったように語る博士の後ろで人造人間たちが声にならない声で返事をするように唸る中、住処の頂点に膝をついてうつむいていたモンスターが立ち上がる。
モンスター「アノ女、殺シタ。」
暗闇博士「(驚いてモンスターを見る)お前、言葉が喋れるようになったのか…!」
やはり、このモンスターは人造人間たちの中でも別格のようで、博士の声も一際感情がこもっています。知性を持ったと知った博士は、白衣の内側から茶色の紙…なにかの見取り図でしょうか。それを取り出して、モンスターが立っている住処の頂点へと向かう。
暗闇博士「ここに、大帝国劇場の地下の入り口が書いてある。
花組を、あの女たちを倒せ!!そして、お前の力を示すのだ!!
ぐわっ…(再び苦しそうに胸を押さえてふらつく)
わ、わたしは…もう命が尽きる。
わたしの願いを、叶えてくれ!」
切実な叫びとともに縋ってくる暗闇博士を、モンスターは冷ややかな視線で見つめ、手渡された地図を一瞥し、口を開く。
モンスター「…奴ラモ殺ス。必ズ。オレハ強イ!!」
強い、と叫ぶと同時に剣を住処頂点に突き立てる。それと同時に、ピアノの低音が響く。
暗闇博士「♪ああ命を与えし我が息子を この命尽きるとき 愛おしい」
♪嘆きと憎しみ
暗闇博士、二曲目。やたら歌いますね〜……この歌、暗闇博士はとことん自らが作り出した命に愛着を持ち、縋り、感情を込めているのに対し、モンスターはそんなことはどうでもいいこと、と言わんばかりに冷たい視線に素っ気無い態度で住処を降りて、舞台の前へ。
モンスター「♪この目で この耳で オレは世界を見た」
遠くを見つめながら、膝をついたモンスターの後ろに、博士も降りてきて並ぶと、嬉々とした表情で自らの夢を語ります。
暗闇博士「♪父の意思を継ぎ 暗闇の王となれ!」
だが、次の瞬間また胸を押さえて数歩歩いた先で崩れ落ちる博士を見つめるモンスターの視線は変わらないもので…
モンスター「♪この手で この腕で オレの道を歩く
さようなら、父さん。オレはオレだ。」
博士の前にゆっくりと歩み出るモンスターは目の前で、渡された地図を破り捨てる。
それを見た博士は驚きに目を見開きますが、次にモンスターが手を差し伸べてくれたのを安堵した表情で手を伸ばすが…モンスターは、その手をぐっと握り、そのまま博士の背後へ。
腕を博士の首に回し、背後から締め付ける状態に。
モンスター「…さよなら。」
暗闇博士「ひ、ひぃぃっ!!」
博士が慄くも、それにもやはり構わず「ぬあぁぁっ」という声と共に腕を振るい、博士の首が鈍い音を立てる。
薄暗かった照明が、一瞬にして赤に染まる中、糸の切れた人形のように崩れ落ちる博士を振り返りもせずモンスターは下手へ。
残された博士の体に群がるのは、住処でうごめいていた人造人間たち。奇声を上げながら博士の身体を抱え、舞台の奥の暗闇へと向かう。
………自ら生み出したものに、葬られてしまった博士…あの時、彼の胸に去来したものは「恐怖」でしょうか「絶望」でしょうか……
紗幕が降りて、舞台はまた別の場面へ。
警報がけたたましく鳴り響く中、かすみさんの声が響く。
かすみ「緊急事態!緊急事態!!
メイン電源損傷!非常電源に切り替えます!!」
大神「うおおぉぉぉぉっ!!!」
そんな中、上手から戦闘服を着て二刀を手にした大神さんが三体の人造人間を相手にしながら駆け込んでくる!
大神「ここから先へは、一歩も行かせはしないっ!!」
人造人間たちを睨みつけ、刀を振りかざす戦闘服の大神さん。どうやら、大帝国劇場の敷地内、またはすぐ近くに人造人間たちが攻め込んできたようですね。
すみれ「ええい!!(薙刀を振るい、人造人間たちを退ける)
お手伝いいたします!!」
大神「頼む、すみれくん!」
さらに、下手から薙刀を構えたすみれさんも二体の人造人間を相手に舞台に現れる。
大神と背中合わせになると、敵を見据えたまま会話を交わす。
大神「…行くぞ!」
すみれ「はい!!」
緊迫した空気の中、大神とすみれが背中合わせのまま立ち位置を変え、人造人間たちを食い止める。
すみれ「お待ちなさいっ!」
大神「待てっ!!」
すみれが上手、大神が下手とそれぞれ逃げる人造人間たちを追う。
二人が去った後、舞台の紗幕の向こうでは地下の医療ポッドの周りに集まる花組の面々。
中央のポッドの中には、目を閉じたまままったく動かないさくらが…
カンナ「さくら!今、こいつで生き返らせてやるからな!」
下手側のポッドの側に立つマリア、アイリスが心配そうにさくらの顔を覗き込み、反対側に居るレニは一歩離れたところで顔を歪ませています。
そして、カンナは上手側の手前にある装置を懸命に動かしてさくらの蘇生を試みますが…医療ポッドが作動し、蒸気を噴出すも、さくらの様子に目に見える変化は無くて…
カンナ「…どうだ!?」
マリア「…さくら。息しなさい、さくら!」
アイリス「さくら!さくら!!」
カンナ「さくら!!(ポッドの側に行ったレニを押しのけて)さくら!!
どうなっちまったんだよ、この機械は!(またもレニをぐいっと押して装置の前へ)
…よし、パワー最大だ!!さくら!!!」
マリア、アイリスが懸命にさくらに呼びかける中、カンナは半ば混乱状態で装置を動かし続ける。
そんなカンナとさくらを交互に見つめるレニ。
カンナ「さくら!……息をしてくれよぉ…っさくらぁ!!」
泣き声で、顔を伏せるカンナ。より一層の悲壮感が漂う中、下手側にある階段の上に紅蘭が硬い表情で現れる。
紅蘭「…カンナはん。」
カンナ「なんだよ!!」
紅蘭「あかん。(階段を降りながら)
医療ポッドは、死んだ人間を生き返らせることはできへんのや…!」
医療ポッドは、たしか人間が本来持っている治癒能力を高めるもの……でしたか。
心停止し、治癒能力を失った人体では……効果は……
けど、それを理解できない、したくないのかカンナは装置からふらふらと手を離すと紅蘭を怒鳴りつける。
カンナ「なんでだよ…どうしてだよ、紅蘭!じゃあ…じゃあ、今すぐ改良しろよ!」
紅蘭「あかん!でけへん!!人間を不死身にすることはできん…でけへんのや!!」
だけど、紅蘭は首を横に振って、科学の力を誰よりも知っているがゆえに声を荒げる。
マリアやレニもそれを頭ではわかっているので、何も言えない。アイリスも言葉無くさくらを見つめる中、考えるより感情が先に動くカンナが言ってはいけない一言を…
カンナ「だったら、何の為の科学なんだよ!」
レニ「カンナ…っ今そんなこと紅蘭に言うなよ!」
それを諌めたのは、レニ。紅蘭はただ黙って顔を伏せています。
レニの怒鳴り声に、カンナははっとなり、自分が何を言ったのか理解して俯き「ご、ごめん…ごめん……」と呟く。
紅蘭「さくら……ホンマ、情けないわ……(医療ポッド正面に手をつく)
ウチがなんとかせなあかんのに…科学では、人間を不死身にすることはでけへんのや…!
堪忍な……ウチ、役に立たん……なんて役立たずなんや…!!」
泣いてその場に崩れ落ち、自分の手で自分の頭を殴って責める紅蘭を、誰よりも早く止めたのはカンナ。
カンナ「紅蘭…!」
両手をしっかりと掴んで、そのまま大事に背中から抱きしめると、紅蘭は嗚咽を隠す事無く、泣きじゃくる。
心が引き裂かれんばかりの悲しみの中、アイリスが何かを決意したように口を開く。
アイリス「アイリスがやる!」
膝をついて、紅蘭とカンナの目の前でそう告げたアイリスに、カンナと紅蘭はえっ?とすぐには飲み込めない状態でしたが、レニとマリアの顔が驚愕に変わる。
レニ「ダメだよアイリス!あれは…!!」
アイリス「アイリスが、さくらを生き返らせる!!
……アイリスの命…さくらにあげるっ」
マリア「アイリス、ダメ!それはダメよ!!」
紅蘭「それはあかん!」
アイリス「止めないで!!」
立ち上がって、医療ポッドの後ろにまわろうとするアイリスを、マリアが肩を掴んで止めようとしますが(紅蘭とカンナも立ち上がってダメだ!と口にする)アイリスはそれを振り切ってさくらの真後ろに立って、自分がこれからしようとしている思いを口にする。
アイリス「…さくらはアイリスが病気のとき、いつも寝ないで看病してくれた!
それは、アイリスを愛してくれてるからでしょ…アイリス、その愛をおかえしするの。
(笑顔で、さくらの顔を覗き込んで)
さくら!今度の舞台、さくらを絶対立たせてあげる!アイリスには、その力がある。
力は…愛する人のために使ってこそ、初めて力なんだよ。」
胸の前で手を合わせ、それをゆっくりと開いて目を閉じ…
レニ「待って!」
…息をつめて、アイリスが力を解放しようとした寸前に、レニが静止の声をかけて、その場にいた全員を見渡す。
レニ「…ボクたち、みんな霊力を持って生まれてきたよね。
その力が、愛する者を助ける為に使われるものだとしたら…ボクの命もあげる。」
えっ?と驚くアイリスですが、レニのこの発言をキッカケに「「っあたいもだ!」とカンナや「ウチもや!」と紅蘭が名乗りを上げる。それを見たマリアが、小さく頷いてアイリスを見つめる。
マリア「アイリス、私たちの命を少しずつさくらに渡して。出来るわね?」
アイリス「で、でも、そんなことしたらみんなが…!!」
すみれ「わたくしの命も分けて差し上げますわ。」
それがどういう事を意味するのかを知っているアイリスは、首を振りますが、それと同時に、紅蘭が現れた同じ場所から薙刀をもったすみれが。命をわける、と宣言した後、薙刀をその場に置いて静かに階段を降りてきます。
マリア「すみれ、あなたは…!」
カンナ「お前ぇはダメだ!お前は霊力を無くして花組を辞めたんじゃねぇか!」
すみれ「痩せても枯れても、神崎すみれトップスタア。
霊力に余力を残して、美しい引き際を演じたのですわ!
さぁ、アイリス!さくらさんを助けなさい!!」
さくらの危機に駆けつけて一喝するすみれ。それを続かせたのはカンナです。
カンナ「やれ、アイリス!
あたいたち花組は、いつも一緒だ!そうだろ…!!」
全員の思いの深さを感じ取ったアイリスは、とうとう頷き精神を集中させる。
手を顔の前で組んだアイリスは、もう一つ、気配を感じ取ってはっと目を開く。
アイリス「あ…今、織姫の声が聞こえた……イタリアの織姫が、一緒だよって!」
遠く離れていても、心は一つ。愛を誰よりも信じている織姫の気持ちも受け取ったアイリスは、一人一人を見つめながら口を開く。
アイリス「♪命を分けよう 愛する人に
わたしにできることが それだけならば」
♪愛するひとに
アイリス「♪命を分けよう 愛する人に」
すっと両手を差し出したアイリスの手を、上手はカンナが掴み、その隣に居るレニはカンナの肩に手を置く。逆側の下手ではマリアがアイリスの手を掴み、マリアの肩に紅蘭、紅蘭の肩にすみれが手を置き、あいてる手を胸に当てて目を閉じます。
次々に繋がる手から命が伝わり、アイリスがそれをさくらに届けると全員が瞳を開けてさくらを見つめ……いえ、一人だけ気を失いそうになって膝をつく人が…誰であろう、すみれさん。それを肩で支え気遣う紅蘭。
マリア・カンナ・レニ「♪あなたと共に生きた」
すみれ・紅蘭「♪思い出の数だけ」
全員「♪命を分けよう」
願いはひとつ、もう一度目をあけて欲しい。あなたはここで倒れる人じゃない。
注目を一身に浴びるさくらの顔を最後に照らしての暗転。
そこに響くのは、命の音。命が脈打つ音。命が煌き輝く音。
一度紗幕が降り、その間に響く音は、希望に続く音…
ほどなくして、再び幕が上がると、満月を背に二刀を掲げる戦闘服の大神さん!!
大神「花組は、俺が守るっ!!」
回り舞台の部分に三角形の高台があるセットで多数の人造人間たちと戦う大神さん。
戦い始めは正面から見て△のような形で、大神さんは底辺となっている場所の中央に立っていました。底辺以外の面は斜面になっていて、頂点方向にさがっています。
戦いが始まると、舞台が右回りに回転して、その中での大神さんの大立ち回り!上手側の斜面には、一人果敢に戦う大神さんを見据えるモンスターが。
大神「でえぇぇぇいっ」
次々に人造人間たちを切り伏せていき、大神さんが舞台上で戦っている最中に上手にいたモンスターが斜面の間にあるトランポリンを使って下手側の斜面に飛ぶ。それを見た大神さんは、上手側の斜面に上り、斜面越しにモンスターと睨みあい。目の前に現れた人造人間の一体を切り伏せて、底辺部分で対峙する。
大神「おおおおおっ!!」
大神さんがやや早く間合いを詰めて、中央部分で二人の剣が交差する。
モンスターの剣を大神さんが一刀で防ぎ、もう一刀がモンスターの首筋を捕らえる。
大神「狼虎滅却…!!でぇいっ!!」
必殺技を口にして、一気に切り伏せる!
上手側で倒れたモンスターを目の前に、大神さんは下手側で刀を下ろして、息をつきますが…
大神「何っ!?」
すぐさま立ち上がったモンスターに数歩後ずさり、咄嗟に間をあけて刀を構える大神。
モンスターは首を気だるそうに傾け、剣を手にしたまま大神を見下す。
モンスター「オレは不死身だ!」
大神「化け物っ…!!」
それでも切りかかっていく大神ですが、今までのダメージが蓄積されていたのかモンスターの剣に押され、膝をつく。
必死で二刀で防御するも、それもむなしく肩から腹にかけて切りつけられた大神はその場に倒れこむ。
大神「ぐぁっ……!」
動きことができない大神に、とどめの一撃をつきたてようとモンスターが剣を振りかざした瞬間、銃を手にしたマリアが上手から駆け込みモンスターに発砲して間一髪間に合いました。
その発砲をキッカケに、カンナ、レニ、紅蘭、アイリスが下手、すみれが上手から次々に現れ人造人間たちとの乱闘に。
大神はモンスターに蹴落とされ、底辺の下へ。そちらに向かったのはアイリスと紅蘭。舞台が回る中、紅蘭が二体の人造人間を相手に、アイリスがトランポリンを使って先ほどまで上手側だった坂に飛び乗り、大神のもとに向かう。
下手手前ではレニがフェンシング、下手奥ではカンナが空手、上手手前ではマリアが銃を手に接近戦、上手奥ではすみれが薙刀でそれぞれ人造人間たちと戦いながら舞台の中央へと集まる。(大神、アイリス、紅蘭も底辺部分の空洞になっている部分で敵を警戒)
再び舞台が回り、底辺部分が前に来たところで、モンスターが花組の陣形の真っ只中に飛び降り全員を見渡す。
レニ、すみれ、マリア、カンナと攻撃を仕掛けていくも、モンスターはそれらをかわしさらに攻撃に動いたレニの肩に傷を負わす。が、その隙をついてすみれがモンスターのわき腹を薙刀で貫く突も……
モンスター「ぬあぁぁっ!」
すみれ「ああっ!!」
逆に、モンスターの剣撃によって薙刀の柄を真っ二つにされてしまう。
限界が見えないモンスターの力。大神は身を低くしたまま横に居るアイリス、紅蘭を守るように刀を構えながら纏まって警戒する花組に叫ぶ。
大神「気をつけろ!そいつは不死身の怪物だ!」
モンスター「手間省けた…貴様ら、全員皆殺しだ!!ぬおぉぉぉっ!!」
モンスター同様、復活を繰り返す人造人間たちに囲まれ、花組絶体絶命のピンチ!
一歩を踏み出したモンスターに、花組の緊張感が一層高まる中、底辺の両端からスモークが噴出す!
さくら「あなたの相手は、あたしです!!」
そして響く、凛々しい声!!
「檄!帝国華撃団」のメロディーが流れる中、スポットが当たったのは…下手の客席通路!
そして、舞台の満月がスクリーンとなりそこに映し出されたのは……さくら!!
襷掛けをし、荒鷹をしっかりと握り締めてモンスターを見据えるその眼差しは決意に溢れている。
モンスター「貴様は…!」
さくら「あたしは、真宮寺さくら!!
母の愛を受け、父の意思を継ぎ、あたしはここに居るのです!
愛を壊すものを、あたしは許さないっ!!
…さくらは、鬼となりましょう。」
一歩一歩、歩みを進めるさくらはモンスターから目を離さずに下手側の階段を降りて舞台へと向かう。愛するものを守る為に、鬼となる……その決意はかつて父、一馬が固めたものと同じ。
モンスター「お前、殺したはず…なぜ生きている!!」
さくら「あたしは、ここにいる大勢の思いによって生きています!
だから…あたしは不死身ですっ!!」
モンスター「そうか…もう一度、地獄に送ってやる!!かかってこい!!!」
人を支えるのは人の思い。思いが重なり、それが絆となったとき新たな力となる。
だが、さくらと対峙するモンスターはそんなものは知らぬと、怒気をあらわに叫ぶ。
さくら「…いきますっ」
静かに告げたさくらは足を速め、素早く下手のオケピ横から舞台に上がると、再び戦闘開始。
舞台が回り斜面が前に来る間にマリア、カンナ、レニは上手。大神、アイリス、紅蘭、すみれは下手へと消えて、荒鷹を抜いてさくら一人の大立ち回り!
音楽に合わせて次々に人造人間たちを切り伏せて、降魔から生み出されしその悲しき存在を倒す。
曲が終わると、残っているのはモンスターのみに。
三角形の高台をフルに使い、雷鳴轟く中の一騎打ち。
一進一退の攻防の中、さくらがモンスターの剣を弾き飛ばすも、モンスターは素手でさくらとさらに戦闘を繰り広げる。
さくらが身を翻す瞬間、拳を突き出したモンスターですが、その腕をさくらにつかまれ、身動きが取れない状態に
さくら「愛無き生き方は無情…!」
モンスター「愛など知らぬわっ!!」
さくら「やぁっ!!!」(一太刀あびせて上手へ)
モンスた「ぐっ!?」
さくら「今度生まれるときはっ……愛を持って生まれよ!
荒鷹――!!!!」
紅蘭、アイリス、すみれ、大神が下手、マリア、カンナ、レニが上手から舞台上に戻ると同時に切実な願いにも似た声で荒鷹を真っ直ぐに突き上げて雷鳴を呼んださくらは、なおも向かってくるモンスターを貫き、それを抜くと同時に下手へと踏み込み最後の太刀をあびせる。
モンスター「おのれ…おのれぇぇっ!!!」
苦しそうに身を震わせたモンスターは、底辺の角かとめどなく吹き出るスモークの中へ落ち、消える。
その消えたモンスターに対し、さくらは立ち上がり瞳を閉じて刀を口元で構える。
さくら「汝の魂、慈しまやかに
清められ、改めたまえ。」
静める言霊を口に、月にはさくらが荒鷹で描いた「心」の文字が浮き出る。
共鳴するような音を立てて、鞘に収め荒鷹を下ろす。
……戦いは、終わりました。
カンナ「…やったな、さくら!よかった……よかった…!」
最初に声をかけたのはカンナ。心からさくらの復活を喜ぶ声に、まわりのみんなも続きます。
アイリス「強いさくらの復活だね!」
紅蘭「そやな。」
レニ「よかった…本当に良かった。」
すみれ「さくらさんも、なかなか成長したようですわね。」
愛すべき仲間たちに声をかけられ、笑顔を浮かべるさくらは、合流するべく、襷掛けを外しながら斜面を通って上手側の方へ。
そのさくらにあわせるように、大神さんも前に出てセンターへ。
大神「ああ。でも、全ての人が戦える力があるわけじゃない。
花組は、その力を持って帝都の平和と幸せを守るのが使命だ。
(はい、と頷くさくらを初めとする面々)
だから、その力を維持する為に…さぁ、稽古をしよう!」
が、大神さんが告げた言葉に全員が「はい?」と怪訝そうな、ぽかんとした顔を見せる。
アイリス「え〜!あんみつ食べにいこうよ〜!
だって今日は、さくらのお祝いだよ!」
前に出て、さくらの手を握りながらのアイリスの素直な提案に、真っ先に手を上げたのはカンナ。
大神さんが辺りを見渡すと、全員そちらに賛成のようなので、あっさり前言撤回。(笑)
カンナ「さんせ〜い!」
大神「よし、じゃああんみつおごろう!」
アイリス「やった〜!!」
そして、おごることに。(笑)
顔を見合わせて喜ぶマリアとレニに、お互いの手を合わせて喜ぶすみれと紅蘭。笑顔を浮かべるさくらとアイリス、カンナ。
カンナ「なぁなぁ、どこ行く?どこ行く?」
紅蘭「神田の「竹むら」どない?」
マリア「いいわね。」
カンナ「よっしゃー行こう行こう!さくら、お前はいっぱい食えよ〜!隊長のおごりだからな!
(はい、と笑みを浮かべるさくら。それを見て頷く大神)
よ〜し、こっちだ!…と思ったら、あっちだ!
あたいに続け〜!!」
最初は上手に向かうも、すぐに方向転換して下手へと先頭になって走るカンナ。
それを駆け足で追う紅蘭、すみれ、大神、さくら、マリア。最後にアイリスとレニが手を繋いでスキップをしながら暗転。(日が過ぎるとレニは「やった、やったぁ〜」と喜びの声を上げながらになっていました。)
いつもの、暖かい花組の笑顔がなによりですよね。
暗転し、紗幕が降りてきたところで場面転換。
雑踏の音がかすかに流れる中、下手から軍服ではない、いつもの服を着た米田さんとこちらも軍服ではなく普段着になったかえでさんがやってきます。
米田「ああ〜、終わった終わった!や〜〜と終わった!」
三日掛りの会議ってのはさすがにしんどいぜ。」
かえで「半年に一度の帝都防衛会議ですもの。しかたありませんわ。」
なるほど、今までの出来事は三日間のうちに起こったことだったのですね。
……なんて密度の濃い三日間…かけていたメガネを外して拭きながらそうだなぁと頷く米田さん。
米田「しかし上層部ってのはなんで現場を見ようとしないで数と結果ばかり見るのかね。
それで自分自身不安になってる。
あれ、ある意味病気だな。」
かえで「そんなに結果が大事なんですかね。」
米田「大事なんだろうよ。けど、結果に至るまでの道筋ってもんがある。それだけが未来に繋がる唯一の道だ。
それを見つけるのが、上層部の責任だ。
上がバカだと下で働く奴ぁ悲劇だ。
いいか?道筋さえ見えていれば、現場がどんなに失敗しても信じていけるんだ。
それで、どうしょうも無くなったらトップが腹切ればいいんだ。」
かえで「そう…そうですよね!若さって無謀ですもの…失敗を繰り返して成長していくんですわ。」
米田「失敗を許さない組織は硬直し、必ず悪徳が生まれるんだ。」
センターでかえでさんが前に出て、今までに経験してきた出来事を振り返るように笑みを浮かべます。
かえで「花組も、たくさんの失敗を重ねて成長していきました…
特に今回の事では、より一層その絆を強めたはずです。」
米田「そうだな。だからあいつらは怪物なんかじゃねぇ、人間だ。
信じていけばいいんだ、大神のように!」
かえで「そうですよね。」
まず、信じてくれる人が居る。支えてくれる人が居る。それが、花組の強さとなっているのですね。
ですが、かえでさんは全ての人がそうであれるわけではないことも、重々承知しています。
かえで「ああ、でも…人はそんなに強くないから…時には、相手の事を疑ってしまう。
あの倉見栄一郎博士も、そうだったんでしょうね。
疑い、嫉妬、妬み、憎悪……そういった感情が、彼の理性を狂わせてしまった…
そして、唯一すがったのが、あの異形のモンスターだったのかもしれません……」
米田「信じるってのは、愛そのものだ。
愛ってものに形は無ぇ、だけど人は生まれながらにそれを知っている
だから母の胸にしがみつくんだ。そこに無償の愛があるって知ってるから。
しかしな、時として人は…その愛を見失っちまう。」
世界に満ちる様々な思い。その中でどの感情を強く持つかで、世界は変わる。
しみじみと頷いたかえでさんは、数歩進み言葉を紡ぐ。
かえで「…愛無き教育は、無意味。
愛無き組織は、無慈悲。愛無き社会は、無情…ですね。」
米田「ああ。…愛を無くした人間は、怪物になるだろうよ。」
米田さんの、とてもとても大切な紙一重の感情に、改めてかえでさんは顔を引き締める。
かえで「!……はい。」
その様子に、うんうんと満足そうに頷いた米田さんはふっと顔を緩めて軍人や司令であった頃の顔を下げていつもの笑顔を浮かべます。
米田「へっなんか重たい話になってきたら腹減ってきたな。
おい、一杯飲みに行こうぜ!」
かえで「あ、すみません…わたしはこれから劇場の方に行かないと…」
と、一度は断ろうとしたかえでさんですが…
米田「いいんだよ、劇場のことはあいつらに任せときゃあ。
どうでぇ、久しぶりにどじょうなんか。」
かえで「…駒形ですか?」
米田「丸鍋で一杯!」
かえで「あららら、いいですね〜!」
どじょうの魅力に逆らえずに、すっかり乗り気に。(笑)
かえで「あ、じゃあ、今日はとことん飲みましょうね!」
米田「おう!」
かえで「じゃんじゃん飲みましょうね!」
米田「ああ!」
かえで「吐くまで飲みましょうね!!」
米田「えぇ?」
いや、かえでさん吐くまではまずいでしょ;;
意気揚々と先を歩いていたかえでさんですが、上手のオケピ横ではた、と立ち止まって米田さんを振り返る。
かえで「あ、米田さん!奢りですよね?」
米田「(どん!と胸を叩いて)おう!もちろんでぇ!!」
かえで「きゃ〜嬉しい!愛を感じるなぁ〜」
ぴょん、と飛び上がって喜んだかえでさんは階段を降りてさらに上機嫌に。
それを、上手のオケピ横で見つめる米田さん。
米田「へっ馬鹿野郎…酔って愛を語り、覚めて愛を知る。か?
あ、おいかえで!(はい?と振り返るかえでさん)
お前が本気を出すと店の酒全部飲んじまうからな。手加減しろよ。」
かえで「あら、いいじゃないですか。(米田さんも下に降りて、隣に立つ)
お店のお酒が無くなったら、買いに行ってもらいましょう!」
米田「それもそうだな。」
ははっと笑い合う二人…うーん、駒形どぜうの皆さん、お酒はたっぷり用意しておいてください。(笑)
かえで「ああ、川風が気持ちいい…」
かえでさんが両手を広げて上手の客席通路を数歩進むと、舞台によりかかった米田さんがあの歌を口ずさむ。
米田「…命短し 恋せよ乙女」
それを受けて、かえでさんも戻り、隣で続きを歌う。
かえで「…紅き唇 あせぬ間に」
米田「熱き血潮の 冷えぬ間に」
二人「明日の月日はないものを」
かえでさんがどうぞ、と手で米田を促し、米田が前に出ると腕をすっと差し出す。
その腕を組むかえでさん。
米田「ありがとな〜、みんな!!」
二人一緒に、腕を組んだまま会場中の拍手を受けて上手の通路を走りぬける。
二人が上手の扉から去り、その拍手が収まるころ、会場には優しい旋律が。
ゆっくりと舞台に照明が入り、紗幕が上がると、先ほどの三角形の回り舞台がやや左斜めになった角度であり、その真ん中には満開の大きな桜の木が。
はらはらと花びらが舞い、その下に一人佇むさくらさん。
♪さくら咲いた
背を向けて、さくらを見上げていたさくらさんが、風に呼ばれるようにこちらを振り返ると、柔らかな笑みを見せて歩き出す。それと同時に、舞台も回り、斜面がある方が正面に。
上手の坂道の中腹で立ち止まり、歌いだすさくらさん。
歌いながら歩み、下手で、上手で立ち止まり歌う。
さくら「♪さくら咲いた この胸のなか いま美しく
さくら咲いた ひらりひらりと たおやかに」
歌にあわせ、下手からアイリス、カンナ。上手からレニ、紅蘭。最後に下手からマリア、すみれ、かえでが現れ、さくらが歌う後ろに集う。
振り返ったさくらと笑顔をかわすと、さくらもそちらに近づく。
下手からレニが座り、その後ろにカンナ。すみれ、さくら、マリア、かえで。膝をついたアイリス、紅蘭と並んで続きを歌いだす。
さくら「♪春の風を袂に仕舞い 暖かさ抱きしめる」
マリア「♪春はめぐる 花から花へ 夢を重ね合う」
アイリス・紅蘭「♪あなたといつも笑ったことや」
レニ「♪好きだと言った」
カンナ「♪あのとき」
すみれ・かえで「思い出がよみがえる」
カンナ「♪楽しくて」
紅蘭「♪眩しくて」
レニ「♪悲しくて」
アイリス「♪優しくて」
サビに入ると同時に、舞台の前方に出て下手からすみれ、レニ、カンナ、さくら、マリア、アイリス、紅蘭、かえでと一列に並ぶ花組。
全員「♪さくら咲いた この胸のなか」
さくら「♪いま美しく」
全員「♪さくら咲いた ひらりひらりと たおやかに」
間奏の間に、また笑みを交し合った花組は、全員が集まって桜の木を見上げる。
全員で坂道を上がり、それぞれ歩く。
下手の坂道に、マリア、アイリス、紅蘭、かえで。上手の坂道にさくら、カンナ、レニ、すみれが立ち、手前にいたさくらが歌いだす。
さくら「♪冬の寒さ 凍てつく大地 じっと」
全員「♪じっと 耐え抜き」
さくら「♪強く 強く ただひたむきに 生きてゆきたい」
全員「♪さくら咲いた この胸のなか」
さくら「♪いま美しく」
全員「♪さくら咲いた ひらりひらりと たおやかに」
最後のサビで舞台が回り、さくら、カンナ、レニ、すみれ、かえで、紅蘭、アイリス、マリアと順番に姿が見える。桜の木を中心に回るその光景はとても美しくて、どこか幻想的でもあり…
さくら「♪さくら咲いた この胸のなか さくら咲いた」
舞台が一回りし、最後は、全員がまた桜の木の下に集い、さくらの伸びやかな声が響く。
かえで、アイリス、紅蘭、さくら、マリア、レニ、カンナ、すみれと並ぶ。
かえでさんとすみれさんは斜面に立ち、アイリスとカンナは階段に座り、その側に紅蘭とレニが立ち、中央にはさくらとマリア。
同じ花の下に集い、未来を見つめる花組。その視線の先は少しずつ違うけれど、ここに集う思いは一つ。
幕が静かに降り始めると、惜しみない拍手が贈られます。
幕が降りきり、幕前に上手から大神さんが現れます。
大神「皆さん、十年の長きに渡り帝国歌劇団花組の歌謡ショウを応援していただき
本当にありがとうございました!!
…これより、休憩を十五分頂き、第三幕「新・愛ゆえに」をご覧いただきます。
お手洗い、お買い物をお済ませ下さい。」
大神支配人の挨拶。
深々と頭を下げる姿に拍手を贈り、上手へと去っていく背中にも。
……さぁ、あと少しです。
10年の時を経て、再び現れるクレモンティーヌとオンドレの物語はどうなるのか。
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